‘刑事司法’ カテゴリーのアーカイブ
刑罰と最新科学
2011年1月26日 カテゴリー:刑事司法
【性犯罪前歴者にGPS】― 携帯義務付け 宮城県が条例検討
宮城県は22日,性犯罪の前歴者やドメスティックバイオレンス(DV)の加害者に対して,行動を警察が監視できるように全地球測位システム(GPS)の常時携帯を義務付ける条例設定の検討に入ったことを明らかにした。試案では,必要に応じて性犯罪の逮捕者からDNAの提出も義務付け,県内で性犯罪が起きた際の容疑者特定に利用するとしている。【平成23年1月23日付/日経新聞/朝刊】
私の検事としての経験から言っても,性犯罪者の多くは「繰り返します」。またDVの加害者が被害者を執拗に追い回す傾向にあることも確かです。しかし,当然のことながら,プライバシーとの関係で議論が生じますね。議論することは良いことだと思います。逮捕者全てを対象とするのか,逮捕されても嫌疑不十分だった者はどうか。一貫して冤罪を主張していた者はどうか。装着に年限はないのか,終身なのか。自発的な去勢措置の場合の免除はどうか,などなど。大いに議論すべきです。国は議論すら避けていた嫌いがあり,その意味では宮城県は一歩進んでいます。
私からのひとつの提案ですが,被疑者・被告人が自発的にGSPの装着に応じた場合に,起訴猶予ないし執行猶予とするような量刑運用はどうでしょうか?どうしてかというと,これも私の経験からですが,性犯罪者の中には,むしろ「監視して欲しい。」と思っている人も中にはいるのです。自分の性的衝動を自分ではどうしてもコントロールできない,人が見ていないと分かるとつい行為に出てしまう,そのことを自覚している人が,「監視して欲しい。」と感じるようです。一種の社会内処遇の一手段としてのGPSの活用の可能性も議論してはいかがでしょうか。
刑罰も科学技術の発展とともに多様となり,進化していくことは確かです。人権との調整は常に考え続けていかなければならず,議論の回避,思考の停止は避けなければいけません。
略式起訴不相当の判断の狙い
2011年1月21日 カテゴリー:刑事司法
【警部補公判,地裁へ移送】―暴言事件,大阪簡裁が決定
大阪府警東署の警部補,高橋和也被告(34)が任意で取り調べた男性に暴言を吐き自白を強要したとされる事件で,大阪簡裁(有簾文夫裁判官)は20日までに,事件を大阪地裁に移送して公判を開くことを決定した。【平成22年1月21日付/日本経済新聞/夕刊】
ある刑事事件で,大阪府警の警察官が取調べで暴言を吐き自白を強要した問題で,昨年12月28日,大阪地検から脅迫罪で略式起訴された事案につき,略式手続は「不相当」として正式公判に回されていた事件で,とうとう大阪簡裁は,事件を簡裁から地裁に移送しました。
当初,私は,警察官の当該行為が,略式手続のような密室裁判ではなく,公開の公判で非難されるべきである,というのが略式不相当とした簡裁判事の狙いであると思っていましたが,そうした理由に留まらず,刑罰として,「罰金」が不相当で,「懲役刑」が相当であるとした,より重要な判断であったことが明らかになりました。刑事事件に携わる捜査官は,取調べでの言動如何によっては刑務所送りになる,ということを意味します。
これまでは,警察官,検察官による有形力による暴行についてのみ,懲役相当の判断が出ていましたが,言葉の暴力にあっても懲役相当判断が出ると言う意味では,全く新しい,厳格な運用だと思います。脅迫罪というのは,初犯者にあっては暴力団員でない限り,普通は罰金刑です。捜査官に高度の義務を課した判断と言えます。
死刑事件における裁判員の苦悩
2009年10月23日 カテゴリー:刑事司法
「私たちが死刑評決しました。」というタイトルのランダムハウス講談社から出ているドキュメンタリー本を最近読みました。
ちょうど私がアメリカ留学していた頃,毎日盛んにテレビで報道されていたスコット・ピーターソン事件の陪審員たちの物語です。
日本では今年から裁判員裁判が始まり,裁判員に選ばれた方々の負担や苦労が色々と報道されていますが,この本を読むとアメリカ(カルフォルニア州)の陪審制度が陪審員にとって苦悩に満ちたいかに大変な制度かということが伝わってきます。
米原タンク殺人事件報道に思う
2009年6月24日 カテゴリー:刑事司法
米原で会社員の若い女性が何者かに襲われ、汚泥タンクに投げ込まれて殺害された事件で、容疑者として会社員が逮捕されました。もちろん、殺人ですから、裁判員制度の対象事件です。
私は”報道を見る限り”犯人は逮捕された会社員に間違いないと思います。
一昔前の陪審裁判
2009年4月3日 カテゴリー:刑事司法
いよいよ5月21日に始まる裁判員制度ですが、実は、国民が刑事裁判に参加するのはこれが初めてではありません。大正デモクラシーの影響を受けて、大正12年4月18日に公布された陪審法に基づく陪審裁判がそれです。
現行の裁判員制度に対する国民の評判は必ずしも良いものではありませんが、一昔前の陪審裁判を報じる新聞記事を読んでみると、不思議なことに、牧歌的な当時の雰囲気が伝わってきます。
「被告が殺意を否認すれば、裁判長いよいよ事実取調べをなし犯罪事実を糾問する。被告は聞き取れないほどの低い声で答えるため、陪審員の顔には焦燥の色が濃い。中には倦怠を覚えてきたものもあり、かつ訊問が1時間になるので陪審員全部にだれ気分が漂い始めた。訊問は進み、『今一緒になれねば3, 4年先にでも。それが出来ねばあの世でも。』と情婦に結婚を迫ったが、『この世でできないならあの世でもできない』とはねつけられたので、出刃包丁で斬りつけたという興味的な訊問に入れば、陪審員全部もにわかに活気づき、訊問、答弁に注目する。」、「証人が被告との関係について聞かれ、しきりに方言を使ってこれに答える。ところが裁判長にはその方言が判らないのでたびたび聞き直すと、意味の判ってる陪審員たちは裁判長の聞き直すのを不審そうに眺めて微笑みをもらす。」(大阪毎日新聞 昭和3年10月24日夕刊)




