‘刑事弁護’ カテゴリーのアーカイブ

東京志向に思う

2018年2月27日 Filed under:刑事弁護

後藤貞人先生,下村忠利先生,秋田真志先生,鈴木一郎先生,亀石倫子先生。。。
大阪には名だたる大物スター刑事弁護士がいるのに,どうして東京の事務所で刑事弁護のサマーアソシエイトを受けたいと思うかなあ?
皆さん,東京が好きなんですね。刑事弁護なら大阪なのに。

念頭に思うー近代合理主義の功罪

2015年1月4日 Filed under:刑事弁護,司法制度

エマニュエル・カントに代表される近代合理主義思想にあって,「目的」と「手段」の概念的な分離は近代社会樹立にとても重要な役割を果たしていると思う。

カンティアンの神髄は,私もそうであるけど,道徳的に自立した存在である他人を「手段」にしてはならず,それ自体意味ある「目的」として尊重しなければならないという哲学であって,これは,ベンサム的な功利主義,あるいはルソーの「一般意思」思想とは大きく異なる,近代社会に道徳的な基礎を与えた思想であるに違いない。

たとえば,原子爆弾投下の問題を挙げても,ベンサム的な最大多数の最大幸福理論(功利主義)からは,本土決戦に伴う多くの日本国民及び米国軍人の犠牲という結果を避けるためには,功利的な数学計量において,20万や30万の原爆犠牲は必要悪として正当化される(本土決戦は数百万を超える犠牲が出るであろうという功利主義的な計算において)。多くの犠牲を避ける,その「目的」のためには,原子爆弾投下という「手段」を問わないと,時の米国民主党政権は考えた。それが最大多数の最大幸福であると。

しかし,カンティアンの立場からは,まず原爆投下の道徳的分析を行い,原爆投下は日本政府に無条件降伏を迫るための「脅し」であったと評価することになるであろう。脅しでなければ,6日の広島投下,9日の長崎投下といった,3日間という極めて短期間で追加制裁を実行したその意味をなかなか合理的に説明できないからである。当時の米国民主党政権は,20万,30万の日本国市民の生命を,日本政府に無条件降伏を迫るための「手段」として扱ったのである。仮に,最大多数最大幸福のベンサムの立場からは正当化されようとも,カンティアンの立場からは,決して正当化することができない。極端なことを言うなら,それが国内法や国際法にのっとり正当かつ合法的な手続きに従った権限の行使であったとしてでも,である。

「合法的」とか「適法」という言葉を使うが,そもそも「法」とは永遠の真理を意味する。この永遠の真理たる「法」にその時代,その地域に即した道徳「律」が適用されて「法律」となって社会が自律的にハンドリングされている。それが「法律」なのである。文字に書かれた「六法」が法律なのではない。そこに道徳的基礎がないと法律とは呼べない。目的達成のためなら手段を選ばないという考えが常に正しいことはなく,それが正しいと言えるためには,そこに道徳的基礎がなければならないと教えてくれたのはカントであった。

これが近代合理主義の,「目的」と「手段」に関する議論である。
しかし,議論はこれで終わらない。
もう一歩,深く考えてみたい。
近代合理主義の功罪の「罪」の側面である。
「目的」と「手段」を分離することを覚えた我々は,それ故に誤った行動原理を,それとは気づかずに安易にとってしまっているのではないか。

いま生きている,かけがいのない一瞬,一瞬を,ある目的の「手段」として下位に位置づけるとき,将来の「目的のためならば」という価値判断によって,「今」の環境,人間関係,社会との交わりを疎かにしてしまうのではないか,という深刻な問題である。
思うに,人間の日々の営みにあって,「目的」と「手段」を分離すべきではない。
いかなる一瞬も,いかなる行いや所作も,いかなる人間関係も,「手段」として「目的」の一段下位に置かれるべきものは何一つ存在しないと思う。一瞬一瞬が人間の実存であり,「目的」と「手段」が合一した人間の実存こそが人間を道徳的かつ自律的存在足らしめていると思う。
「目的」と「手段」を時と場合によって使い分けるあり方は,いつか「目的」を免罪符として,つまり「言い訳」として,日々の,二度と来ないかけがえのない,輝かしい日常,人との交わりなどを無に帰してしまいはしないか,という問題である。この問題はカンティアンの思想によっても解決できない。手段にしてしまっている日常を,反道徳的に過ごしているわけではないからである。

こうした,近代合理主義の「罪」にも目を向けなければなるまい。「目的」と「手段」を分離せずに,一瞬一瞬を,ただそれだけの時間として誠実に,真摯に生きることの仏教的な尊さを,あるいは,人類は,近代合理主義によって見失っているのではないか。

正直に告白すると,刑事弁護士にとって,「目的」はいつも設定し難い,永遠のお題目である。
99.8%という有罪率の中で,どのようにして依頼人の目的である「無罪」を実現するか。
去年も,3つの無罪にすべき担当事件があった。しかし,いずれもその目的を達成できなかった。
刑事弁護士にとって,とりわけ我が国の刑事弁護士にとっては,もし良心を持ち合わせていたなら,自信をもって「目的」と「手段」を使い分けることなど出来ない。
「起訴猶予になりたいのならぜひうちの弁護士を」,「執行猶予を目指すならうちの弁護士を」,「無罪を目指すならうちの弁護士を」などなど,コマーシャル的な宣伝文句を並べることは容易だけれども,僕がこの念頭にあって思うことは,「目的」も「手段」もない,ただ依頼者のため,一瞬一瞬を全力で弁護するのみ,ということである。それが刑事弁護士の実存であると思う。

(中村)

成年後見制度と弁護士による犯罪

2013年11月6日 Filed under:事件,刑事弁護

今日は「成年後見制度と弁護士による犯罪」について考えてみます。

成年後見人として管理していた女性の預金4244万円を着服したとして,業務上横領罪に問われた東京弁護士会元副会長の弁護士・M被告(76)に対し,東京地裁は30日,懲役5年(求刑・懲役7年)の判決を言い渡した。

裁判長は「犯行の発覚を防ぐため,家裁に虚偽報告をするなど,成年後見制度そのものの信頼を揺るがした」と被告を非難した。

判決は,千葉家裁から2007年に精神障害のある女性の後見人に選任されたM被告が,2年半の間に8回にわたり,女性の定期預金を解約して自分の口座に移し,不動産投資の失敗で抱えた借金の返済や事務所経費に流用したと認定。「被害女性の将来の生活費などが大幅に減少する結果になったが,被害弁償は今後も期待できず,被告の刑事責任は重い」とした(2013年10月30日18時25分 読売新聞)。

高齢者や障害者など判断能力が低下した方々を対象として,彼らの代わりに財産を管理するというのが「成年後見制度」です。裁判所は,弁護士が専門的知識や高度な注意能力,さらには,職業上の高度な倫理観を兼ね備えていることを期待して,弁護士を成年後見人に選任しているのです。にもかかわらず,最近では,成年後見人である弁護士自身が,高齢者や障害者などの被後見人から預かった財産を着服するという事件が頻発していると報道されています。

刑法上,たとえ成年後見人であっても,被成年後見人という他人から預かった財産を,無断で使い込むことは許されるものではなく,このような行為は横領罪として処罰されます。
もっとも,成年後見人と被成年後見人が親子関係にある場合等に,仮に,親族相盗例(刑法255条・244条)の適用があるとすれば,刑が免除されます。しかし,この点について,最高裁平成24年10月9日は,「家庭裁判所から選任された成年後見人の後見の事務は公的性格を有するものであって,成年被後見人のためにその財産を誠実に管理すべき法律上の義務を負っているのであるから,成年後見人が業務上占有する成年被後見人所有の財物を横領した場合,成年後見人と成年被後見人との間に刑法244条1項所定の親族関係があっても,同条項を準用して刑法上の処罰を免除することができないことはもとより,その量刑に当たりこの関係を酌むべき事情として考慮するのも相当ではないというべきである」と判示しています。つまり,たとえ成年後見人・成年被後見人間に親子関係があった場合でも,成年後見人の事務の「公的性格」を重視して,私的な親族関係の犯罪処罰阻却事由を規定した255条・244条の適用を否定すると判断したのです。

成年後見人の事務は,裁判所の監視の下で,被後見人の財産の不当な流出を防止するという点で「公的性格」を有します。加えて,弁護士は,その使命が「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士職務基本規程1条)にあり,「依頼者の権利及び正当な利益」を実現する(同規程21条)ことが求められています。そうである以上,弁護士が成年後見人になった場合には,後見人としての公的性格はより強まり,弁護士には専門家としての極めて高度な倫理意識や職務遂行能力が求められるのです。

ところで,このような弁護士の犯罪の要因として,「一人事務所」の弊害が挙げられます。つまり,弁護士一人だけの事務所ですと,誰も弁護士の不正をチェックする者がおらず,弁護士は何でも出来てしまうのです。今回の事件も,不動産投資の失敗で抱えた借金の返済や事務所経費に流用したとのことですが,会社ではあり得ない資金の流用が「一人事務所」の弁護士には出来てしまうのです。
昨今,企業不祥事やコンプライアンスの分野に弁護士が進出していますが,弁護士こそ,自らの業務に対してしっかりとしたコンプライアンス体制を確立すべきです。

DNA型鑑定

2013年9月18日 Filed under:事件,刑事司法,刑事弁護

今日は「DNA型鑑定」について考えてみます。

事件解決の鍵を握るDNA型の鑑定が飛躍的に増えていることに対応するため,警察庁が2014年3月までに,約80の試料を同時に自動鑑定できる装置を新たに6県警へ配備することが27日,分かった。警察庁は自動鑑定装置の追加配備で迅速化を図り,捜査や災害時の身元確認に役立てるのが狙い。

警察庁によると,自動鑑定装置は既に,同庁のほか,北海道警,埼玉県警,警視庁,大阪府警,福岡県警に配備。警察関係者によると,新たに配備対象となるのは,鑑定数が全国的に多い神奈川,愛知,兵庫と,大規模災害時にエリア拠点として周辺の警察から鑑定を請け負う宮城,石川,広島の警察。東北,北陸,中国地方への自動鑑定装置の配備は初めてとなる。すでに約9億4千万円の予算を計上している。

警察庁は,犯罪現場の遺留物と容疑者のDNA型の鑑定結果をデータベース化して捜査に活用。12年の鑑定件数は05年の10倍以上の約27万件に上る。これまでの手法では手作業で1つずつ鑑定しなくてはならないため,現場の依頼に対して処理が追い付いていない実態がある。

警察関係者は「公判ではDNA型などの客観証拠が重視されているが,現状の態勢では,鑑定が間に合わず,捜査に支障が出ている」と話す。

また,東日本大震災では,微量の試料から個人識別できるDNA型鑑定が身元確認に役立った。一方で,鑑定数が膨大だったため,全国の警察が協力しても作業が追い付かず,確認が長期化するなど課題を残した(2013年8月27日11時18分 日本経済新聞)。

今回の記事でも書かれているように,公判におけるDNA型鑑定の客観証拠としての重要性は年々高まっているように思います。足利事件では,再審前,事件発生当時行われたDNA型鑑定の結果を有力な証拠の一つとして,菅家さんに無期懲役の判決が下されてしまいました。しかし,後に,DNA型再鑑定が行われ,菅家さんのDNA型と女児の下着に付着した体液のDNA型が一致しないことが明らかになった結果,他に真犯人がいた疑いが高まり,菅家さんには無罪判決が下されたのです。また,東電OL事件でも,被害者の手の爪に残っていた付着物を DNA型鑑定した結果,マイナリさんとは異なる人物のDNA型が検出されたために,これが決め手となって,マイナリさんには無罪判決が下されました。このような事件を通じて,近年,DNA型鑑定は多くの注目を集めています。

たしかに,DNA型鑑定によって得られた科学的証拠は,客観的・中立的で安定性が高いものです。上記事件でも明らかなように,正しく利用されれば,裁判上極めて有力な証拠となります。しかし,DNA型鑑定で得た証拠は,それのみで犯人の同一性を認定するような直接的な証拠ではなく,あくまでも,犯罪事実を認定するのに役立つ一つの間接的な証拠にすぎない点に注意しなくてはなりません。たとえば,強姦事件で,犯行現場である被害者女性宅に犯人の体液が残っていて,犯人とされる人物の DNA型と一致するとの鑑定結果が出たとします。その場合でも,被害者とその人物が事件以前から面識があった場合には,必ずしも犯行時点において,当該体液が残されたとは限りません。別の人物が犯行時点に犯行現場にいたことを否定しえないのです。

幼女2名強姦殺人事件(飯塚事件)の第一審では,被害者の身体に付着した犯人のDNA型が被告人と同一であることを有力な証拠の一つとしつつ,その他の間接証拠等をも考慮に入れた上で,犯人の同一性を認定し,被告人に対して死刑判決を下しました。高裁,最高裁でも判決は覆らず,死刑判決が確定しています。その後,判決確定から2年余りという異例の早さで死刑が執行されています。
しかし,第一審で採用されたDNA型鑑定が,無罪判決を下した足利事件と同じMCT118鑑定というものであって,鑑定の時期や技術,メンバーがほとんど同じであることが判明したため,被告人の遺族は再審請求をしました。客観的・中立的であるはずの科学的証拠の精度が疑問視され,もはや有力な間接証拠とはなりえないのではないかという問題が浮上したのです。現在では,DNA型の再鑑定が新証拠として提出されており,本件が冤罪事件だったのか否か,再審請求審の動向が注目されています。

科学的証拠が捜査段階で活用される場合についても,同様の注意が必要です。「科学的」であることに目がくらんで,他の証拠を十分に検証することなく安易に犯人を特定することは避けなければなりません。科学的証拠それ自体も,鑑定結果が100%正しいことはないのですから,警察や検察は,DNA型鑑定を過大に評価するのではなく,地道で緻密な捜査の過程で,有効に科学的証拠を利用する必要があります。

犯人の証拠隠滅に弁護士が協力?

2013年8月12日 Filed under:刑事司法,刑事弁護

今日は「弁護士と証拠隠滅」について考えてみます。

愛知県警の警部への脅迫事件で逮捕された風俗店「ブルーグループ」の実質経営者S被告=脅迫罪などで公判中=が,別事件で勾留中の2011年夏ごろ,留置施設に接見に来た女性弁護士の携帯電話で,部下のグループ幹部と通話した疑いがあることが捜査関係者への取材で分かった。証拠隠滅を防ぐため,接見室への携帯電話の持ち込みは禁止されていた。

女性弁護士は東京弁護士会所属。捜査関係者によると,S被告が春日井署にある尾張留置施設に勾留されていた際,女性弁護士の携帯電話からグループ幹部に5回ほど 電話があり,数十秒程度,会話したという。

これに先立つ2010年6月ごろには,S被告は弁護士J被告(66)との接見で,県警警部へ脅迫電話をかけた実行犯を逃走させることを謀議。実行犯を沖縄県などに逃走させたとして,両被告は今年5月,犯人隠避容疑で逮捕された(中日新聞 2013年7月29日 )。

問題となった弁護士ご本人は,報道事実を否定されているようなので,上記記事が事実か否かはわかりません。ただ,携帯電話の発信履歴などをチェックすれば,グループ幹部と接見中に会話していたのか否かは判明するので,おそらく捜査機関は報道内容の真偽を知っているのでしょう。

グループの実質的経営者である被告人が脅迫罪で起訴されている今回の事件において,仮に報道内容が真実であり,被告人が部下のグループ幹部に電話をかけていたとすれば,口裏を合わせるなどして容易に証拠隠滅されてしまいます。このような行為を黙認していた弁護士は,犯罪者の証拠隠滅行為に加担したものであり,「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士職務基本規程1条)という使命に反して,真相究明を困難にし,社会正義の実現を著しく妨害したものといえるでしょう。たしかに,弁護士をしていると,被疑者や被告人から頼まれ事をすることは多いです。しかし,彼らの頼みを手放しで受け入れることが,弁護士の遂行すべき職務ではないはずで,罪証湮滅に加担するなどの犯罪行為はもちろんのこと,捜査妨害は決して許されません。刑事弁護士に高い倫理観が求められる所以です。

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