‘刑事弁護’ カテゴリーのアーカイブ

被害者匿名の起訴状の是非

2013年7月26日 Filed under:刑事司法,刑事弁護

今日は「被害者の匿名記載」について考えてみます。

強制わいせつ事件の起訴状で,東京地検が被害児童を保護するため氏名を伏せたところ,東京地裁が記載を命じていたことが13日,関係者への取材で分かった。地検は応じず,地裁と協議しているが,起訴状の不備を理由に公訴棄却が言い渡され,裁判が打ち切られる可能性もある。
 
関係者によると,問題になったのは,児童が見ず知らずの男に公園のトイレに連れ込まれ,わいせつな行為をされて写真を撮られた事件。2次被害を恐れる両親の強い要望を受け,地検は起訴状で児童の氏名は伏せ,犯行日時や場所,方法とともに,年齢のみ記載した。
 
これに対し,地裁は起訴内容が特定されていないとして,児童の氏名を記載するよう補正を命じたが,地検は応じていない。被告の男の弁護人は氏名を伏せることに同意しており,地検は被害者が特定可能な別の記載方法について地裁と協議を続けているという。
 
刑事訴訟法は「日時,場所,方法」によって起訴内容を特定するよう求めている。被害者の氏名は明記されていないが,犯罪事実の一部であり,通常は起訴状への記載が必要とされる(2013年7月13日12時19分 時事通信)。

刑事訴訟法256条3項後段は,「訴因を明示するには,できる限り日時,場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定しています。訴因とは,検察官の主張する具体的な犯罪事実を言い,訴因の機能としては,①裁判所が審理判断する対象の範囲を画定するとともに,②被告人の防御の範囲を明らかにすることが挙げられます。上記①や②を実現するためにも,日時,場所,方法以外に,被害者の名前を起訴状に記載することが必要なものとして実務上扱われています。
では,今回の事件で被害者の名前を起訴状に記載すべきだったのでしょうか。

昨年11月に起きた神奈川ストーカー殺人事件では,警察官がストーカー犯人の面前で,被害女性の住所を朗読してしまったことが発端となって,被害者女性が殺害されてしまいました。今回の事件でも,起訴状の謄本が被告人側に送達されることになるため,被告人から逆恨みされ報復を受けることを恐れて,被害者児童の両親は強く匿名化を求めたものと推測されます。

現代の発達したネット情報化社会では,名前と顔さえわかっていれば,容易に被害者児童を特定できてしまいます。子どもの安全を何よりも願う親の気持ちとしては当然の主張でしょう。仮に,起訴状の被害者の氏名が「甲」などとされたとしても,弁護人は,その被害者が実在する特定の人物であることが開示された証拠上明らかになっていれば,防御上不利益を被らないので,あとは起訴状における公訴事実の特定という技術上の問題のように思われます。

被害者心情に配慮して匿名とすべでしょう。
私が検事時代に英国に在外研究していた際に傍聴した裁判では,性犯罪の事件で被害者は匿名,例えば,「A」などとされて運用されていました。

私としては,起訴状の記載は,「出来るだけ」特定されていれば良いのですから,①報復のおそれ等の被害者心情に配慮する必要性が高く,②匿名について弁護人に異議がないこと,③起訴状朗読に際して,検察官が冒頭陳述において氏名以外の方法で(特定の時刻場所で被告人が接触した唯一の女性で年齢○○歳など)可能な限り特定する旨の釈明を行えば起訴状を有効として良いように思います。

オウム3死刑囚を証人尋問へ…平田被告の公判で

2013年7月3日 Filed under:刑事司法,刑事弁護,司法制度

今日は「オウム事件」の話です。

オウム真理教の目黒公証役場事務長拉致事件などで起訴された元教団幹部・平田信まこと被告(48)の公判前整理手続きが17日,東京地裁であり,斉藤啓昭ひろあき裁判長は,井上嘉浩死刑囚(43)ら元教団幹部の死刑囚3人の証人尋問を地裁の法廷で行うことを決めた。

確定死刑囚が拘置所の外に出て,公開の法廷で証言するのは極めて異例。

検察側はこれを不服として同日,地裁に異議を申し立てたが,棄却された。今後,最高裁への特別抗告も検討するが,地裁の判断が覆ることはないとみられる。

公開法廷での尋問が決まったのは,井上死刑囚と中川智正(50),小池(旧姓・林)泰男(55)両死刑囚。

検察側は,平田被告が起訴された事務長拉致事件,東京・杉並のマンションで起きた爆弾爆発事件の立証のため,3人を証人申請。この際,「拘置所から出て傍聴人の目にさらされれば,死刑囚が精神的に不安定に陥るかもしれない」として,尋問は3人が収容中の東京拘置所で非公開で行うよう要望していた。

しかし,斉藤裁判長は「現時点で,例外的に裁判所外で尋問する必要性が認められない」と判断し,検察側と弁護側に説明した。憲法は裁判を公開の法廷で行うと定め,特に刑事裁判の公開を求めており,この原則に基づいたものとみられる。平田被告の弁護人も,「傍聴席から見えないよう仕切りを置けば,精神的な安定を乱すとは考えにくい」として,公開での実施を求めていた。公判は裁判員裁判で年内にも始まる可能性が高い(2013年6月17日23時38分 読売新聞)。

検察側は,東京拘置所内での証人尋問を求めていました。証人の健康状態や年齢,その他の事情を考慮し,審理を行っている裁判所以外の場所に,裁判官,検察官,弁護人らが出かけて行って行う非公開の尋問のことを「所在尋問」と言います。
今回の東京地裁の決定は妥当なものだと考えます。死刑の瞬間を日々待ち続ける死刑囚の精神状態は,我々の想像を絶するものでしょう。いったん拘置所の外に出れば,生への強い願望が刺激され,予想外の心情の変化が生じてしまうかもしれません。

しかし,公開裁判を受ける権利は,憲法上の権利です。もし刑事裁判が密室で行われ,国家が気に入らない者を国民の監視の届かないところで裁き,葬るなら,それは暗黒裁判であり,専制国家の司法制度に他なりません。死刑囚の心情の安定も重要な利益ですが,憲法上の原則を重要と考えた結果が今回の裁判所の判断であると言えそうです。

ただ,公開の法廷で死刑囚の証人尋問を実施すると言っても,その心情の安定への配慮は必要です。遮蔽措置等の物理的配慮のみならず,関連性のない尋問の排除など,尋問面での配慮も当然必要となるでしょう。

個人の刑事責任,厳密判断 漁船の航跡,疑問残れば被告有利に

2013年6月20日 Filed under:刑事司法,刑事弁護

こんにちは。先日のブログでは,梅雨なのに雨がなかなか降らないなんて話しておりましたが,ようやく雨が降りましたね。これでやっと季節の移り変わりを,肌で感じることができそうです。梅雨といえば,紫陽花。紫陽花ほど雨が似合う花もありませんよね。曇天の薄暗い街中で,道端に咲く紫陽花は殊更に美しく見えます。紫陽花の語源は,「あずさい」にあるのだとか。「あず」は「集まる」,「さ」は「真」,「い」は「藍(藍色)」の省略形。つまり,「真の藍色が集まっている花」が紫陽花なのです。灰色のキャンパスに描かれた「真の藍色」に,人の心は動かされているのですね。

さて,今日は「立証責任」の話です。

イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故を巡る11日の控訴審判決は,争点だった清徳丸の航跡を「一定の幅を持った航跡しか特定できない」としたうえで,その“幅”の中で被告に最も有利になる条件を選択した。個人の責任追及に厳密な立証を求める刑事裁判の原則に沿った判断といえる。

2009年1月の海難審判は,事故の主因があたご側にあると判断。横浜地検は事故前後の当直士官2人を起訴したが,裁判では一,二審とも被告の刑事責任を否定する結論となった。

海難審判が事故の原因究明や再発防止に主眼を置くのに対し,刑事裁判は個人の責任追及が目的。国が刑罰を科す以上,検察側はより厳密な立証を求められ,立証に疑問が残る場合,裁判所は被告に有利な判決を下すことになる。

清徳丸の全地球測位システム(GPS)機器が水没し,物証がないなか,検察側は海上保安官らの証言に基づき航跡を“再現”。しかし,航跡を特定するに当たっての一部証言内容が,捜査段階と一審公判で異なることなどを理由に,司法は「信用できない」とその主張を退けた。

証拠改ざん事件などを背景に捜査・公判の在り方が問われている検察にとっても,厳正な立証という重い課題を改めて突きつけられる結果となった(2013年6月12日 日本経済新聞朝刊)。

2009年1月の海難審判では,「あたご」側が見張り体制を十分に構築していなかったことが事故の発生原因であると判断していたわけですが,今回の控訴審判決では,第一審の横浜地裁判決に引き続き,「清徳丸」側が衝突の原因を作っており,あたご側に衝突を避ける義務はなかったと判断しました。今回の事件では,清徳丸の航路に関する証拠の信用性が,判決の帰趨を左右する重要なポイントとなりましたが,海難審判と判決とでは,正反対の結論が導かれていることからも,当該証拠の信用性の判断は相当難しかったものと考えられます。

ところで,海難審判と刑事裁判の大きな違いは,立証責任の所在にあります。刑事裁判においては,「疑わしきは被告人の利益に」や「無罪の推定」の原則が妥当し,刑罰権の行使を求める国家が犯罪事実を立証すべきこととなるので,犯罪事実について,検察官に挙証責任(立証責任)があるのです。検察官が,犯罪事実の存在を合理的な疑いを生じる余地のない程度に真実であると証明しなければ,当該犯罪事実は存在しないこととなるので,無罪判決が下されることとなります。今回の事件では,検察官は,あたご側の回避義務を基礎付ける「清徳丸の航路」の存在を,証拠により証明することができませんでした。その結果,あたご側に過失があることを立証できず,被告人は無罪となったのです。

海難審判が原因究明や再発防止に重点を置く行政審判であるのに対して,刑事裁判は,事件の真相を究明し,犯罪行為に見合った刑罰を科す手続きです。刑罰は,人の財産や身体の自由のみでなく,生命をも奪いうるものであり,国家が国民に対して科す様々な処分のうちでも,最も峻厳なものです。そのために,刑罰を科すか否かを決定するに際しては,特に慎重な判断が求められるのであり,「疑わしきは被告人の利益に」の原則も,この点から導かれるものだと思います。刑事裁判の大原則が尊重され,検察側に,適正な捜査や積極的な主張立証を促した今回の判決は,事件の真相究明に向けた大きな一歩といえるでしょう。

一方で,このような大規模事故の再発防止のためには,原因究明の要請も大きく,関与者が刑罰を恐れて真実を話さない,ないし黙秘するという現実に正面から向き合い,刑事免責制度を含んだ新たな捜査手法を構築する必要もあるように思います。

冤罪根絶めざす市民団体設立へ マイナリさん支援者ら

2013年6月11日 Filed under:刑事司法,刑事弁護

さて,今日は冤罪についてのお話です。

東京電力女性社員殺害事件で昨年,再審無罪となったネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(46)を支援してきた「無実のゴビンダさんを支える会」(解散)のメンバーらが新たな市民団体「なくせ冤罪!市民評議会」の設立準備を進めている。

賛同人には,前日弁連会長の宇都宮健児さんや映画監督の周防正行さん,漫画家のやくみつるさんらも名を連ねており,8日に東京都内で設立総会を開く予定だ。

    

評議会では冤罪(えんざい)の原因を究明し,取り調べ全過程の録音・録画(可視化),証拠の全面開示など,誤判防止策の実現も目指す。

支える会で事務局長を務め,評議会の呼び掛け人でもある客野美喜子さん(61)は「(冤罪防止は)本来なら裁判所や検察が自分たちで取り組むべき課題だが,自浄作用がない。市民が変えていくしかない」と話す(2013年6月3日 日本経済新聞朝刊)。

「冤罪」とは,皆さんご存知の通り,犯罪とは無関係の人が,犯人として罪を着せられることをいいます。この冤罪により生じる被害は,想像を絶するものです。「法と正義」の名の下に,犯人ではないのに裁判所から事件の真犯人であると断定されるわけです。これほど怖いことはありません。これまで築いてきた名誉や社会的地位だけでなく,家族や恋人・友人との大切な信頼関係まで,罪なき罪によって,それら全てが一瞬で奪われてしまいます。時には,生命を奪われるおそれすらあります。

冤罪の大きな要因の一つと言われているのが,密室での取り調べによる自白の強要です。現に,再審無罪となった4人の死刑囚全員が,虚偽の自白で死刑判決を受けたことが明らかになっていますし,最近では,一連のPC遠隔操作事件でも,冤罪で逮捕された4人のうち2人は虚偽の自白をしているという事実も判明しています。精神的・肉体的に被疑者を追い込み,自白を獲得する。このような違法・不当な取り調べ方法は,一刻も早く改善されなければなりません。ですが,上記記事の客野美喜子さんが,「(冤罪防止は)本来なら裁判所や検察が自分たちで取り組むべき課題だが,自浄作用がない。」とおっしゃる通り,裁判所や検察の自発的な取り組みには,あまり期待はできません。

ここで,自白の強要を防止し,冤罪防止を図る一つの手段として期待されているのが,「取り調べ過程の全面可視化」です。全面可視化について,警察庁は,①取調官と被疑者間で信頼関係が築けなくなる,②被害者のプライバシー侵害のおそれがある点等を主張し,これに反対しています。しかし,信頼関係が築けなくなるという理屈がどれだけの根拠をもったものなのか明らかではありません。イギリスが10年以上も前に取調べの録音録画を始めたときもスコットランドヤードをはじめとする警察は同じような理由でこの制度に反対しました。しかし,実際に運用してみると,むしろ警察がこの制度を歓迎するようになりました。あからさまな嘘を言う被疑者の声や表情が証拠化され,訴追に有利だと言うのです。

いずれにしても,これだけ冤罪事件が増えた昨今の状況からして,取調べ録画録音制度の全面的な導入は,引き返すことの出来ない時代の要請であることは間違いありません。刑事裁判において,最も避けなければならないことは,無辜を罰しないことです。刑事弁護人にとって,冤罪防止こそが究極の宿命です。

被害者参加制度と裁判員裁判

2013年6月10日 Filed under:刑事司法,刑事弁護

こんにちは。気象庁が関東地方の梅雨入りを発表してからはや一週間。雨が全く降らないですね。予想外の青空と春風に,思わず気分も軽くなってしまいますが,ここまで晴天が続くと,今度は夏の水不足が心配になります。晴天が好きなはずなのに,晴天が続くと「梅雨らしい天気」を求めてしまう。それぞれの季節に「らしさ」を求めてしまうのも,日本人に独特な感情なのかもしれませんね。

さて,今日は千葉大生殺害事件の控訴審についてです。

千葉県松戸市で2009年10月,千葉大4年の荻野友花里さん(当時21歳)を殺害したとして強盗殺人罪などに問われ,1審・千葉地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた無職竪山辰美被告(52)の控訴審第1回公判が4日,東京高裁(村瀬均裁判長)であり,弁護側は刑の軽減を,検察側は控訴棄却をそれぞれ求めて結審した。

判決は10月8日。

弁護側は「1人殺害での死刑判決は重すぎて不当だ」などと述べ,死刑回避を求めた。一方,元女子大生の両親が被害者参加制度により出廷。「被告には命をもって償わせる以外にない」などとする両親の意見陳述書を裁判官が読み上げた。

11年の1審判決は,竪山被告が09年の刑務所出所後,3か月足らずで強盗傷害などの事件を繰り返した点を重視。「反社会性は顕著で根深く,1人殺害でも死刑が相当」と判断している(2013年6月4日20時41分 読売新聞)。

今回の事件では,被害者の元女子大生のご両親が「被害者参加制度」を利用して,公判期日に出席しました。被害者参加制度,皆さんはご存知でしょうか。これは,一定の事件の被害者や遺族等の方々が,刑事裁判に参加して,公判期日に出席したり,被告人質問を行ったりすることができる制度です。具体的にいうと,被害者参加人が行えるのは,①法廷での在廷,②検察官に対して,一定の職務権限を行使したこと及び行使しなかったことに対する意見を述べること及び検察官に説明義務を果たさせること,③情状証人に対する証人尋問(但し,情状に関する事項に限る),④被告人に対する質問(意見陳述を行うのに必要な範囲に限られる),⑤弁論としての意見陳述(従前の犯罪被害者としての意見陳述とは別のもの)であり,これと並行して,従前の意見陳述を行うこともできます。

刑事訴訟法は当事者主義を原則とするため,検察官と加害者(弁護人)との間で訴訟手続きが進行します。この原則の下では,犯罪被害者は訴訟の「当事者」ではなく,いわば「証拠」としての取扱いしか受けられないことになります。被害者や遺族の方々の感情からすれば,自分達こそが事件の当事者であり,当事者として訴訟に参加する地位が認められないのはおかしいと感じるでしょう。こうした犯罪被害者の感情に配慮して,被害者の権利保護を図るために犯罪被害者参加制度が設けられました。

一方で,裁判員裁判の場合,被害者感情を過剰に評価した厳罰化が進む危険性が高いのではないか,との危惧も確かにあります。

刑罰が「復讐」から「公正中立な裁判」へと進化していったのがまさに近代史です。被害者感情を過度に量刑に反映させるとまた裁判は中世の「復讐」に逆戻りしてしまいます。被害者の権利を確立し,かつ,裁判を「復讐」に逆戻りさせない,というバランスが必要に思います。

ところで,犯罪被害者の権利確立に大きな足跡を残した学者は,大谷実教授(同志社大学総長)です。大谷先生は,若いころ,被害者学の先進国イギリスに留学し,犯罪被害者の権利について研究されました。帰国後,刑法学会で犯罪被害者補償制度を報告したところ,当時の団藤重光教授に「被害者問題を取り上げるのは10年早い」と言われたそうです(「我が人生,学問そして同志社」大谷実,成文堂)。それでも大谷先生は研究を続け,今日の犯罪被害者制度の確立に大きく貢献されました。

団藤先生が「10年早い」とおっしゃったのは,当時は,被疑者・被告人の権利の確立が十分になされていなかったので,まずそちらの問題が先決だと考えたからでしょう。しかし,今,素人市民が参加する裁判員裁判が導入され,それとまさに並行して犯罪被害者の権利に関する諸制度が確立されたとき,再び団藤先生の懸念が現実のものとなるかもしれません。

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