2013年9月 のアーカイブ

医療過誤と刑事責任

2013年9月30日 Filed under:事件,刑事司法

神奈川県立がんセンター(横浜市旭区)で2008年,乳がん手術を受けた40代の女性患者に医療ミスで脳障害などを負わせたとして,業務上過失傷害罪に問われた当時の麻酔科医の男性被告(44)に,横浜地裁は17日,無罪判決(求刑罰金50万円)を言い渡した。

判決理由で,毛利晴光裁判長は被告が全身麻酔の患者を常時監視する注意義務を怠った,との検察側主張について「国内の麻酔担当医が常時監視しているとは必ずしも言えない」と指摘。「不十分な捜査のまま起訴したという疑問がある」と述べた。

弁護側は,常時監視は麻酔科学会の指針で,目標にすぎないとして無罪を主張していた。

起訴状によると,被告は08年4月,女性患者の乳がん手術で,全身麻酔をした後に適切な引き継ぎをしないまま退室。麻酔器の管が外れたため約18分間にわたり酸素供給が止まり,患者に高次脳機能障害と手足のまひを負わせたとした(2013年9月17日11時37分 日本経済新聞)。

大野病院事件や杏林割箸事件など,重大な医療過誤事件が相次いで発生し,医師や看護師等の刑事責任の行方が,社会的な関心を集めてきました。医療過誤事件の場合,以前は損害賠償請求事件などの民事事件だけが主として問題となっていました。刑事事件では,医療過誤は一種の聖域のような状況にあったのです。しかし,世間の医療過誤に対する関心が高まるにつれて,患者側も積極的に告訴状や被害届を提出するようになり,刑事事件として取り扱われるケースも増えてきています。また,ときには,警察は逮捕権を行使して医師を逮捕することすらあります。
上記記事の事件では,麻酔科医の男性が,全身麻酔の患者を常時監視していなかったという点で過失があったのではないか,として業務上過失傷害罪に問われているのです。

医療行為は,患者の生命を繋ぎ止め,心身の状態を少しでも良好なものにするという目的を達成するために,患者の身体に対して直接的に働きかける性質を持ちます。そのため,医療行為それ自体が,患者の生命・身体への危険を内包するものであって,難病治療等のために高度な医療技術を駆使するほどに,その危険性は増大するのです。何等かのハプニングがあって最善の医療活動を尽くせなかった場合に,常に刑事責任を追及されてしまうような事態となれば,医師や看護師は,高度な技術を必要とするリスクの高い医療行為を避けることになるでしょう。そうなれば,本来救われる可能性のあった患者の命が救われないような事態も生じかねません。
1件でも不当な裁判により医師が処罰されれば,医療界は崩壊するとまで言われています(弁護士・棚瀬慎治氏に聞く─「医師を必ず起訴」という新ルートが誕生─改正検察審査会法が施行間近、“医療事故調”議論にも影響)。

このような観点からは,医療過誤の裁判にあっては,患者側の視点とともに専門家(医師)側の視点をも取り入れた公正な判断が求められます。その意味で,医療現場の実態を踏まえて,「国内の麻酔担当医が常時監視しているとは必ずしも言えない」として検察の主張を退けた今回の判断は,評価すべきでしょう。
検察は,その「被害者とともに泣く」という正義感ばかりが先行し,医療現場の実態をしっかり把握検証するという捜査の基本を怠ったと言えます。
 

裁判員の心理的ケア

2013年9月26日 Filed under:司法制度

福島地裁郡山支部で裁判員として強盗殺人罪を審理後,「急性ストレス障害(ASD)」と診断された60代女性が,慰謝料などを求めた国家賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が24日,福島地裁で開かれる。女性は「このような苦しみを味わうのは私で最後にしてほしい」との思いを込め,出廷して陳述書を自ら読み上げる。

陳述書は夫と2人で作ったA4判7枚分。現在も証拠調べで見た遺体の写真がフラッシュバックするほか,包丁で刺された家族が横たわっている夢を見て十分に睡眠できない様子がつづられている。日中も外で遊ぶ子どもの甲高い声が,被害者の叫び声に聞こえる幻聴に襲われるという。

陳述書は音読すると10分以上かかる。読む練習をするたびに当時の様子がよみがえり,吐き気に襲われることもある。法廷でフラッシュバックする恐れから代理人が読み上げることも検討したが,女性は「この苦痛を理解してもらいたい」と自ら朗読することを決意した。

「ASDになって平穏な生活が奪われ,仕事も失った。よく分からないまま死刑判決に関与してしまった罪の意識にもさいなまれている」。今年3月の裁判員裁判に参加して約半年。女性は再び法廷に臨んで切実な思いを語りかける(2013年9月23日21時30分 毎日新聞)。

報道によると,原告女性は,裁判員制度が,苦役からの自由を保障した憲法18条や,個人の尊厳を保障する憲法13条,職業選択の自由を保障する憲法22条に反する等の主張をしているそうです。
この記事を読んで,英米と日本の感覚の違いを強く感じました。
裁判員制度は,職業裁判官が下した判決が,市民感覚と乖離していることから,司法権の行使に国民を参加させることで,市民感覚とのズレをなくそうという趣旨でスタートしました。市民が司法に参加する制度の典型は,英米の陪審制度です。陪審制度の歴史はその起源は9世紀とも11世紀とも言われています。もともとは,裁判官が地方を回って裁判をする,巡回裁判制度の中で,各地方で犯罪者を告発するためには12人の証人が必要であったという慣習が始まりでした。それが,証人という立場から審判員という立場に変化していくのですが,その背景に,国王による不当な逮捕権行使や暗黒裁判から市民の人身の自由を守るという思想がありました。つまり,市民が市民を守るための制度,それが陪審制度なのです。そこで,刑事手続に巻き込まれた市民は,陪審裁判を受ける「権利」をもつことになり,憲法上の「裁判を受ける権利」はまさに「陪審裁判を受ける権利」なのです。これが英米の歴史と思想です。
ですから,英米では今回のような訴訟は起きようがありません。英米の市民は陪審員となる義務は,まさに市民の基本的義務と誰もが認識していて,制度上も拒否事由が極めて限られています。殺害現場写真などは,OJシンプソン裁判でもそうだったように,生の凄惨な写真が証拠調べされ,陪審員は当然それを目にし吟味します。陪審員は崇高な義務感として裁判にかかわり,被告人は自己の権利として陪審裁判を求めているのです。

ところが,日本では,昔から裁判は「お上がやるもの」でした。「裁判沙汰」を避ける国民性もあります。そのような国民性のある中で裁判員裁判制度を「上から」導入したものですから,どうしても市民には「義務感」が付き纏います。裁判員に課せられる「守秘義務」も,そうした義務感に拍車をかけています(アメリカでは守秘義務はありません)。被告人には特に裁判員裁判を求める権利はありません。いかなる事件で裁判員裁判となるかは,予め法律で決まっているのです。

裁判所も,裁判員に選任された市民への,ある種の「申し訳なさ」から,裁判員に対し非常に気を使っています。たとえば,裁判員法16条がかなり広い辞退事由を設けていますし,また,裁判員裁判にはどうしても参加したくないという明確な拒絶意思を有している人は,たとえ辞退事由に該当しなくても,裁判員には選定しないという運用を裁判所は行っています。
そこまでならまだ許せるのですが,深刻な弊害も生じています。それは,公判前整理手続において,裁判官が,裁判員の負担を気遣って,出来る限り公判を短期間で終わらせようと,証拠整理に当たって,どんどん証拠を事実上排除していくことがあるのです。特に,弁護側の請求証拠の多くは「必要性なし」として採用されないことがあります。無罪を争っている事件においてでもです。無実を主張している被告人の権利よりも,裁判員に対する気遣い,申し訳なさを優先しているのです。
こうなっては,市民を守るどころか,無辜の市民を苦しめる暗黒裁判につながりかねません。
何故,裁判員裁判という制度が必要なのか,本当に必要なのかについて,今一度,国民一人ひとりが考えてみる必要があると思います。運用さえうまくいけば,刑事裁判における公正確保に資する制度であるからなおさらです。

更に詳しく知りたい方は「裁判員裁判の手続きを教えて下さい」をお読みください。

DNA型鑑定

2013年9月18日 Filed under:事件,刑事司法,刑事弁護

今日は「DNA型鑑定」について考えてみます。

事件解決の鍵を握るDNA型の鑑定が飛躍的に増えていることに対応するため,警察庁が2014年3月までに,約80の試料を同時に自動鑑定できる装置を新たに6県警へ配備することが27日,分かった。警察庁は自動鑑定装置の追加配備で迅速化を図り,捜査や災害時の身元確認に役立てるのが狙い。

警察庁によると,自動鑑定装置は既に,同庁のほか,北海道警,埼玉県警,警視庁,大阪府警,福岡県警に配備。警察関係者によると,新たに配備対象となるのは,鑑定数が全国的に多い神奈川,愛知,兵庫と,大規模災害時にエリア拠点として周辺の警察から鑑定を請け負う宮城,石川,広島の警察。東北,北陸,中国地方への自動鑑定装置の配備は初めてとなる。すでに約9億4千万円の予算を計上している。

警察庁は,犯罪現場の遺留物と容疑者のDNA型の鑑定結果をデータベース化して捜査に活用。12年の鑑定件数は05年の10倍以上の約27万件に上る。これまでの手法では手作業で1つずつ鑑定しなくてはならないため,現場の依頼に対して処理が追い付いていない実態がある。

警察関係者は「公判ではDNA型などの客観証拠が重視されているが,現状の態勢では,鑑定が間に合わず,捜査に支障が出ている」と話す。

また,東日本大震災では,微量の試料から個人識別できるDNA型鑑定が身元確認に役立った。一方で,鑑定数が膨大だったため,全国の警察が協力しても作業が追い付かず,確認が長期化するなど課題を残した(2013年8月27日11時18分 日本経済新聞)。

今回の記事でも書かれているように,公判におけるDNA型鑑定の客観証拠としての重要性は年々高まっているように思います。足利事件では,再審前,事件発生当時行われたDNA型鑑定の結果を有力な証拠の一つとして,菅家さんに無期懲役の判決が下されてしまいました。しかし,後に,DNA型再鑑定が行われ,菅家さんのDNA型と女児の下着に付着した体液のDNA型が一致しないことが明らかになった結果,他に真犯人がいた疑いが高まり,菅家さんには無罪判決が下されたのです。また,東電OL事件でも,被害者の手の爪に残っていた付着物を DNA型鑑定した結果,マイナリさんとは異なる人物のDNA型が検出されたために,これが決め手となって,マイナリさんには無罪判決が下されました。このような事件を通じて,近年,DNA型鑑定は多くの注目を集めています。

たしかに,DNA型鑑定によって得られた科学的証拠は,客観的・中立的で安定性が高いものです。上記事件でも明らかなように,正しく利用されれば,裁判上極めて有力な証拠となります。しかし,DNA型鑑定で得た証拠は,それのみで犯人の同一性を認定するような直接的な証拠ではなく,あくまでも,犯罪事実を認定するのに役立つ一つの間接的な証拠にすぎない点に注意しなくてはなりません。たとえば,強姦事件で,犯行現場である被害者女性宅に犯人の体液が残っていて,犯人とされる人物の DNA型と一致するとの鑑定結果が出たとします。その場合でも,被害者とその人物が事件以前から面識があった場合には,必ずしも犯行時点において,当該体液が残されたとは限りません。別の人物が犯行時点に犯行現場にいたことを否定しえないのです。

幼女2名強姦殺人事件(飯塚事件)の第一審では,被害者の身体に付着した犯人のDNA型が被告人と同一であることを有力な証拠の一つとしつつ,その他の間接証拠等をも考慮に入れた上で,犯人の同一性を認定し,被告人に対して死刑判決を下しました。高裁,最高裁でも判決は覆らず,死刑判決が確定しています。その後,判決確定から2年余りという異例の早さで死刑が執行されています。
しかし,第一審で採用されたDNA型鑑定が,無罪判決を下した足利事件と同じMCT118鑑定というものであって,鑑定の時期や技術,メンバーがほとんど同じであることが判明したため,被告人の遺族は再審請求をしました。客観的・中立的であるはずの科学的証拠の精度が疑問視され,もはや有力な間接証拠とはなりえないのではないかという問題が浮上したのです。現在では,DNA型の再鑑定が新証拠として提出されており,本件が冤罪事件だったのか否か,再審請求審の動向が注目されています。

科学的証拠が捜査段階で活用される場合についても,同様の注意が必要です。「科学的」であることに目がくらんで,他の証拠を十分に検証することなく安易に犯人を特定することは避けなければなりません。科学的証拠それ自体も,鑑定結果が100%正しいことはないのですから,警察や検察は,DNA型鑑定を過大に評価するのではなく,地道で緻密な捜査の過程で,有効に科学的証拠を利用する必要があります。

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