薬物依存者等に対する刑の一部執行猶予制度について

2016年1月6日 Filed under:司法制度

弊所では,覚せい剤,大麻,麻薬などの薬物事件を多数担当しています。現在の日本の刑事司法においては,薬物の使用や所持といった薬物事件の初犯者であれば,起訴されて裁判所で審理を受ける場合でも,懲役1年6月,執行猶予3年といった刑が科され,社会復帰できることが多くあります。しかしながら,薬物事件は再犯率が高い犯罪であり,1回目は執行猶予であったとしても,2回目,3回目と裁判を受ける場合には実刑判決となり,刑務所に収容されることになります。そして,刑務所で矯正教育を受けたはずの人が,再び薬物に手を染め,再度長期の実刑に服する事例が後を絶たないのです。
弊所が薬物依存の再犯者を弁護する場合,実刑判決相当であったとしても,被告人に必要なことは薬物依存症の治療であり,刑事施設に長期間収容したとしても根本的な解決にならないことを訴え,専門治療施設と連携を図り,保釈期間中や出所後に専門治療施設等への入所・通院することを前提として,出来る限り短期間の懲役刑を求めていくという弁護を行うことも多々あります。しかしながら,全ての事件において,専門施設と連携を図ることが可能というわけでもありませんし,裁判所がこういった主張を汲みいれるか否かは,裁判所の裁量に委ねられます。
このような現状の日本の刑事司法制度では,薬物再犯者に対する処遇が不十分であり,薬物事件の再犯率を下げることには繋がらず,徒に再犯者を増やすことになってしまっていたのです。
こういった薬物再犯者の処遇についての問題点を踏まえ,平成25年6月,刑の一部執行猶予制度の導入等を内容とする「刑法等の一部を改正する法律」及び「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」が成立し,今年の6月までに施行されることになっています。今までの刑事司法制度においては,刑期の全部を実刑とするか,刑期の全部を執行猶予とするかの2つしか選択肢がありませんでしたが,この法律によって,3年以下の懲役・禁固を言い渡すときは,判決で1年~5年間の間その一部の執行を猶予することができるようになりました。即ち,刑務所内における処遇と地域社会における処遇(保護観察)を併せることで,中間的な処遇を図ることができるようになるのです。
一部執行猶予期間中は,初犯者であれば保護観察に付するか否かは裁判所の裁量に委ねられますが,薬物使用等の罪の再犯者は,必ず一部猶予期間中に保護観察が付くことになります。そのため,刑の一部執行猶予期間中に保護観察に付された犯罪者は,一定期間の施設内処遇において矯正教育を受けた後,地域社会での生活への橋渡しとして,薬物処遇プログラムを受けたり,薬物処遇重点実施更生保護施設への入所等,再犯防止に向けた専門的な治療を受けることが可能になるのです。
この制度は,まさしく弊所の行う専門治療施設と連携した薬物存社者に対する弁護という方針が,日本の刑事司法にも取り入れられるという事であり,画期的な制度であると言えます。
もっとも,保護観察中等に薬物依存者の支援に協力する民間施設が少なく,実効性に欠けるのではないか,との問題点も従前から懸念されていました。そこで,平成27年11月19日に厚生労働省が発表したガイドラインでは,保護観察所や医療機関等の民間機関が連携して,薬物依存者に対して治療や支援を行う指針が定められました。
今後,薬物依存者に対する専門施設への連携が深まり,薬物事件の再犯率が低下していくことを期待します。弊所としても,個々の刑事裁判を通じて,薬物依存者に対する再犯率低下に向けた処遇改善の活動を継続する所存です。

確定記録の開示に関する最高裁決定

2015年11月11日 Filed under:司法制度

平成27年10月27日,最高裁第2小法廷で,刑事確定訴訟記録法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書にいう「検察庁の事務に支障のあるとき」と関連事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合に関し,重要な決定が出ました(小貫芳信裁判長)。

刑事確定訴訟記録は,誰であっても閲覧請求ができます(刑事確定訴訟記録法4条1項)。しかし,「検察庁の事務に支障のあるとき」(刑訴法53条1項但書)には,閲覧は認められません。本最高裁決定は,「検察庁の事務に支障があるとき」とは,「その保管記録に係る事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれる」と判断しました。
「検察庁の事務」という文言を狭くとらえ,裁判の執行や証拠品の処分等の検察庁自身の他の事務のことのみを指すとする考え方もありますが,それを超えて他の事件の捜査や公判への影響も捉えた点に,本決定の意義があります。
実は類似の地裁決定があります(水戸地裁土浦支決平成元年4月27日)。AとBとの共犯事件で,Aの事件は既に終結,Bの事件は継続中です。Bの弁護人は,B事件の証拠開示が認められないことから,既に終結したA事件の確定記録の中から証拠を探そうと考え,A事件の確定記録の閲覧を申請しました。これに対して,同地裁は本決定と同様に判断し,記録の閲覧を認めませんでした。本決定は,同裁判例を含む下級審判例を追認したものです。
本決定で,刑事確定訴訟記録法の証拠開示的利用が制限されることが明確になりました。弁護人の姿勢として,証拠開示の制度の拡充ないし運用の改善を訴えるとともに,正攻法での証拠開示に力を入れる姿勢が求められているというべきでしょう。

田中角栄語録と刑事弁護

2015年11月4日 Filed under:司法制度

「今太閤」と呼ばれ,「日本列島改造論」で国家ヴィジョンを大衆に示し,ロッキード事件で訴追されてもなお絶大な権力を握り続けた田中角栄の語録にこんなのがあるらしい。
「人間は,やっぱり出来損ないだ。
みんな失敗する。
その出来損ないの人間を
そのまま愛せるかどうかなんだ。」

刑事弁護の神髄にも通じる名言だ。

(中村)

ロンドンからのたより

2015年10月15日 Filed under:司法制度

部屋の片づけをしていたら,懐かしい手紙を発見しました。昔,16年前になりますが,検事のときに行政官短期在外研究で英国ロンドンに滞在して調査研究していたときに,所属庁であった名古屋地検刑事部に送った手紙です。

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ロンドンからのたより

 刑事部長ならびに刑事部の職員御一同様におかれましてはお変わりなく,お過ごしのことと存じます。
 例年になく温暖な気候が続いていると言われているロンドンでも,11月になってからは日増しに寒さが厳しくなってまいりました。早いもので,ロンドンに到着して既に1か月以上が過ぎ,当初は戸惑うことばかりであったこちらの生活にもずいぶん慣れてまいりました。こちらの住まいは,ロンドンの街の中でも最もヨーロッパらしさを漂わせている街のひとつで,ゆったりとしたイギリスらしい生活を楽しんでおります。もっとも,本業の研究活動の方はいまだに手探りの状態で,日本とは全く異なるイギリスの司法制度を理解し,さらに,研究テーマである「簡易迅速な捜査公判のための諸方策」に関して日本の司法制度改革のために有益な情報を収集するにはまだまだ時間がかかりそうです。

 私は,既にボウストリート治安判事裁判所を訪問し,裁判を傍聴するとともに,同裁判所で,幸運にもあのピノチェト元チリ大統領のスペインへの身柄引渡し裁判を担当したロナルド・バートル裁判官と面会してお話しをうかがうことができ,現在は,ロンドン中心部にある中央刑事裁判所(週に2,3日)とホースフェリー治安判事裁判所(週に2日)を中心に訪問を実施し,裁判傍聴ではオブザーバーとして弁護士席の横に座らせていただいており,また,裁判官や書記官,保護観察官等にインタビューを実施して制度の理解に努めております。このような研究プランのアレンジメントは,主に日本大使館の一等書記官(43期の検事)にお世話になっているのですが,自分でも積極的に手紙を書いてはイギリス人の法曹人脈を作り,訪問先を増やしており,先日も「リンカーンズ・イン」というバリスター(法廷弁護士)の養成機関からお返事を頂き,今月末に同所を訪問し,オックスフォード大学の学生と一緒に刑事法に関する学者の講義を聞いたり,バリスターへのインタビューを実施したり,昼食会に参加する予定になっております。そして,年が明けてからはいよいよCROWN PROSECTION SERVICE(検察庁)で2週間,調査活動を行う予定になっております。

 イギリスの刑事司法に対する私の理解がまだ十分ではないために,残念ながら今の時点で詳しい情報をお伝えすることはできませんが,先日,ホースフェリー治安判事裁判所で傍聴した器物損壊の事件で感じたことをお話しすると,その事件は,その日が第1回公判だったのですが,午前中に3人の証人尋問と被告人尋問とが集中的に行われました。最後の尋問が終わって,裁判官が何かを話し始め,検察官や弁護人が裁判官のその話を書き留めていたので,その様子を見て私は次回期日の打ち合わせをするのかと思ったのですが,よく聞いてみると,その裁判官の話は「判決」であることが分かったのです。しかも,裁判官は,結論として「dismiss」(無罪)と言ったので,びっくりしてしまいました。否認事件なのに1回の公判で,しかも即決で判決が下されたのでした。確かにいずれの証人の証言も被告人の犯行を裏付けるには弱いもので,その証言を聴きながら,私は「よくこんなずさんな捜査で起訴したな」と思っていたのですが,日本の検察官ならば当然次回期日までに警察を指揮して新たな目撃者探しをするなど補充捜査を尽くして体勢を立て直すところが,あっさりと即決で無罪の判決が下されたので驚いたのでした。しかも,論告も弁論もなく,証人尋問が終わると間髪を入れずに判決言渡しとなったのでした。

 判決言渡し後に法廷を出ると,珍しいアジア人が傍聴していたことに興味を示したのか,検察官が私に声をかけてきました。そして,彼が言った言葉は,「フェアーな判決だ。無罪で当然の事件だ。」という言葉だったので,二度びっくりしました。日本の公判部の検察官であれば(私だけかもしれませんが),「どうして無罪なんだ。」,「控訴審査の準備をしなければならないな。」,「しばらくの間は早く家には帰れないな。」,「もっと補充捜査をしておけば良かったな。」「2号書面の請求しなかったのはまずかったな。」などとグルグルと頭を駆けめぐり,その日一日は悲劇の主人公になりきるのですが,こちらの検察官は無罪を勝ち取った弁護人と判決後に握手をしてその健闘を称えていたのでした。しかも,その検察官と話をしていたら,その人は,CROWNN ROSECUTION SERVICE(検察庁)の職員ではなく,そこから嘱託を受けたバリスターだと言ったので,ますますイギリスの制度が分からなくなってしまった次第なのです。
 このイギリス人のバリスターは,とても親切な方で,いつでも事務所を訪問してほしいと言って名刺をくれたので,その日,さっそく手紙を書き,その返事次第では,近日中にそのバリスターの事務所を訪問し,事件の詳細や制度についてお話を聞く予定であります。

 このように,イギリスの司法制度には驚かされることばかりなのですが,とにかく積極的に人脈を作って話を聞き,多くの文献を読まなければイギリスの制度は理解することができないので,手探りながらも,これからも積極的にイギリス人にアプローチして情報を収集しようと考えております。

 なお,同伴した家族も元気に暮らしております。妻は,こちらでフランス語学校に通い,イギリス人学生と一緒になってフランス語を勉強しておりますし,2歳の息子は,イギリス人のベビーシッターに日本の新幹線のオモチャを見せて自慢しています(確かにロンドンの列車より日本の列車の方が安全のようです)。私の私生活で特筆すべきことは,家の近くに柔道(JUDO)の道場があったので,入会し,偶にイギリス人と一緒になって柔道に励んでいるということです(因みに私は柔道初段です)。
 このような充実した在外研究生活を送ることができるのも,繁忙庁でありながら私を快く海外に送り出していただいた皆様のおかげであり,感謝しております。在外研究生活も残り3か月半となりましたが,皆様の御健勝をお祈りし,また,名古屋での再会を楽しみにしております。

ロンドンにて
1999年11月13日

中村 勉

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裁判の形勢が不利になったら警察を指揮して補充捜査をし,何とか有罪に持ち込むという発想。
検事らしいいなあ,この往生際の悪さ?

今年,苦杯を舐めた諸君へ

2015年9月14日 Filed under:司法制度

失敗や浪人を重ねた人間は,その底力が順風満帆の人のそれとは根本的に違います。

西郷隆盛などは二回も島流しにあって,1回目は3年間,2回目は1年半,の合計4年半も島流し・浪人をしていたわけです。
そして,小松帯刀らの働きかけで2回目の島流しから戻ったのが禁門の変の直前。
南洲先生は,それから数年の短い間に怒濤のごとく働き,薩長同盟,王政復古,江戸城総攻撃回避,廃藩置県と立派な仕事をしました。

考えてみれば,司法試験に失敗したからと言って島流しになるわけではなく,何度でも挑戦すればいい。
そうして合格した人には,合格後に重要な役回りが待っているはずです。

かく言う私も何度「島流し」にあったことか。

(中村)