事案
被告人は、「…共謀の上、…A…を殺害せんと企て、同人を捕捉し角材…で殴打し、足蹴し顔面を踏みつけた上、火炎瓶を投げつけ焼く等の暴行を加え、よって…Aを…殺害した」という殺人罪の共同正犯で起訴された。第1回公判期日で検察官は、被告人が分担した殺人の実行行為は、「炎の中から炎に包まれているAの肩をつかまえてひきずり出し顔を2度踏みつけ脇腹を1度蹴った行為」と述べたことから、の被告人の行為が、殺人の実行行為なのか、それとも救助行為(消火行為)なのかが事件の争点となっていた。約2年半後の第18回公判期日において、検察官は、上記の釈明および冒頭陳述を訂正し、被告人の実行行為に「Aの腰部付近を足げにし、路上に転倒させたうえ」との文言を追加する訴因変更を請求したが、原審ではこれを許可しなかった。そこで、訴因の追加変更を許さなかったことが違法でないかが争われた。
判旨(福岡高裁那覇支部昭和51年判決)
…第18回公判期日までの約2年半、Aを炎から引きずり出した後の被告人の行為が殺人の実行行為か救助行為かをめぐって攻防が展開された。そして、弁護人の防禦活動が成功したかと思われた結審間近、検察官が訴因変更を請求した。この請求は、当初の釈明と冒頭陳述によって訴因からも立証事項からも除外されていると確認された「足蹴り行為」を、あらためて立証事項とし、攻防の対象とすることを意味する。たしかに訴因変更請求権は、検察官にある。だが、被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしめ、公平を損なうおそれが顕著な場合には、裁判所は、公判手続きの停止措置(法312条)にとどまらず、検察官の請求そのものを許さないことが、例外的に認められる。したがって、訴因変更を許可しなかった原審の措置は適法…である。
コメント
訴因変更の権限は検察官に委ねられており(刑訴法312条1項)、原則として、公判のいかなる段階でも訴因変更が可能です。しかし、被告人側は訴因を念頭に置いて犯罪の成否を争うため、検察官は訴因変更について、誠実にこれを行使すべきであり、濫用してはならず(刑訴規則1条2項)、訴因変更に係る審理の全過程や変更の態様等を考慮して、例外的に訴因変更が許されない場合があります。本件では、約2年半の間、の被告人の行為が、殺人の実行行為なのか、それとも救助行為(消火行為)なのかを争点として攻防がされていたにもかかわらず、弁護側の防禦が成功しそうになった矢先に、検察官が争いになっていなかった「足げにし、路上に転倒させた」という訴因への変更を請求しています。そこで、本判決では、このような訴因変更は例外的に変更が許されない場合にあたり、訴因変更を認めなかったことは適法であると判断しました。