事案
耳が聞こえず言葉も話せないことなどから訴訟能力に疑いのある被告人について、起訴後、公判を続行するかが争われた。控訴審が、訴訟能力の有無を判断するために更に審理を尽くすのが相当であると判示したのに対し、弁護人は、公判を停止するべきであるとして上告。裁判所は、上告趣旨は上告理由にあたらないとし、職権で次のように述べた。
判旨(最高裁平成7年決定)
刑訴法314条1項にいう「心神喪失の状態」とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である。…(本件の)事実関係によれば、被告人に訴訟能力があることには疑いがある…このような場合には、裁判所としては、…訴訟能力の有無について審理を尽くし、訴訟能力がないと認めるときは、原則として同条1項本文により、公判手続を停止すべきものと解するのが相当であ…る。
千種秀夫裁判官の補足意見…その後も訴訟能力が回復されないとき、裁判所としては、…被告人の状態等によっては、手続を最終的に打ち切ることができるものと考えられる。ただ、…特に慎重を期すべきである。
コメント
思考とは頭の中で言語(内語)を組み立てて行われるものであることから、言語の獲得が極めて不十分な者については、意思疎通能力だけでなく、理解力、及び判断力にも影響が生じ得ます。本件は、刑訴法314条1項の「心神喪失の状態」を、刑法上の定義とは異なる内容及び基準時とするとした上で、本件の被告人は、耳が聞こえず、言葉を話せず、文字もほぼ読めないこと、及び、手話による会話能力も会得しておらず、言語による意思疎通手段の学習機会を得ていないことより、意思疎通の手段はほぼジェスチャーのみであり、その理解力及び判断力に問題がありうるとして、同条を適用するとし、控訴審の判断を維持しました。