疫学的証明を証明の方法として用いることができるかが争われた事案
医師である被告人は、チフス菌または赤痢菌を食品に付着・混入させ、計64名の者に腸チフスまたは赤痢に罹患させたとして傷害罪で起訴された。裁判所が、疫学的証明により因果関係の立証・認定をしたことから、弁護側は、疫学の法則を恣意的に解釈していると主張して争った。
判旨(最高裁昭和57年判決)
…原判決は、疫学的証明があればすなわち裁判上の証明があったとしているのではなく、「疫学的証明ないし因果関係が、刑事裁判上の種々の客観的事実ないし証拠又は情況証拠によって裏付けられ、経験則に照らし合理的であると認むべき場合においては、刑事裁判上の証明があったものとして法的因果関係が成立する。」と判示し、本件各事実の因果関係の成立の認定にあたっても、右立場を貫き、疫学的な証明のほかに病理学的な証明などを用いることによって合理的な疑いをこえる確実なものとして事実を認定していることが認められるので、原判決の事実の認定の方法に誤りはない。
コメント
疫学とは、疾病の発生を集団現象として統計的に観察することにより、発病に作用する因子を特定するものです。本件では、このような疫学の手法を刑事裁判上の証明の方法として用いることが許されるかが問題となりました。本判決では、疫学的手法により証明がされれば、裁判上の証明があったものとはせず、種々の客観的事実ないし証拠又は情況証拠によってこれが裏付けられ、経験則に照らし合理的であると認められる場合において、刑事裁判上の証明があったものと認められると判断しました。