刑事判例紹介(89) – 被告人が同意(刑訴法326条1項)していない証拠を弁護人が同意した場合に証拠能力が認められるかが争われた事案
事案
被告人は覚せい剤自己使用罪および覚せい剤所持罪の公訴事実で起訴された。被告人は「覚せい剤を使用した事実はない」,「覚せい剤を所持していたことは間違いないが,それが覚せい剤であるとの認識はなかった」旨陳述したが,弁護人は検察官請求証拠に全部同意した。
判旨(大阪高裁平成8年判決)
被告人が公訴事実を否認している場合には,検察官請求証拠につき弁護人が関係証拠に同意しても,被告人の否認の陳述の趣旨を無意味に帰せしめるような内容の証拠については,弁護人の同意の意見のみにより被告人がこれら証拠に同意したことになるものではない。
コメント
326条1項は主体として検察官と被告人のみを規定していますが,一般に弁護人も包括的代理権に基づいて同項の同意をすることができます。しかし,弁護人の同意はあくまでも包括代理権に基づくものであるため,被告人の明示又は黙示の意思に反して同意することはできません。本件では,被告人は覚せい剤所持の事実については具体的に争っているため,弁護人の同意は被告人の意思に反すると判断されました。他方,覚せい剤自己使用の事実については,具体的主張のない否認態様等にかんがみ,弁護人の同意は被告人の意思に反しないと判断しました。