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口座売却・譲渡|口座売却・譲渡が多発している問題を弁護士が解説
ツイッターやインスタグラムで「すぐにお金を振り込みます」「簡単なアルバイトで高収入」といった投稿を見たことはありませんか。このようなアカウントに安易に連絡を取ったことで銀行口座,すなわち預金通帳やキャッシュカードを渡してしまい,犯罪に巻き込まれ,詐欺罪などの罪に問われてしまう案件が多発しています。
今回は,預金通帳やキャッシュカードを渡すことがどのような罪になるのか。また,通帳やキャッシュカードを他人に渡してしまった場合の対応についてご紹介したいと思います。
他人に口座を売ったり,使わせたりする目的があるのに,それを銀行に黙って口座を開設すると,詐欺罪が成立します。
私たちは,銀行口座を開設すると,銀行から預金通帳やキャッシュカード(以下,あわせて「預金通帳等」といいます)を受け取ります。もし,口座を開設する時に他人にその口座を売ったり,使わせたりすることを決めていて,その目的を黙っていた場合,預金通帳等を銀行から受け取ると,詐欺罪(刑法246条1項)が成立し,1月以上10年以下の懲役刑となります(平成19年7月17日最高裁第三小法廷判決/判例タイムズ1252号167頁)。
銀行口座を開設する時には預金を求められ,その後,預金通帳等を受け取っていますので,「銀行は損をしていない,そんなに悪いことをしていない」と思うかもしれませんが,そうはいかないのです。
手元にある預金通帳等を他人に売ったり,タダであげたり,貸したりすると犯罪収益の移転防止法違反の罪が成立する
手元にある預金通帳等を他人に売ったり,タダであげたり,貸した場合(以下,あわせて「売却等」といいます),詐欺罪にはなりませんが,犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」といいます)違反の罪が成立します。刑罰は1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金もしくはその両方です。以下,詳しく説明します。
自分(A)の口座を,他人(B)が,自分(A)になりすまして使うと認識して,預金通帳等を渡した場合
まず,自分(A)が作ったA名義の預金通帳等を他人(B)が自分(A)になりすまして使うことを知りながら,売却等をした場合,1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金もしくはその両方となってしまいます(犯罪収益移転防止法28条2項前段)。
他人がどのように口座を使うかは知らなかったが,通帳等を有償で売却したり,貸したりした場合
次に,なりすまして使用する目的を知らなかったとしても,①通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,②有償で,預金通帳等を売ったり,貸したりしてしまうと,28条2項後段で同じように処罰されてしまいます。つまり,1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金もしくはその両方の刑になってしまうのです。
この28条2項後段の罪で気を付けなければいけないのは,闇金(ヤミ金)の被害者まで該当してしまう可能性があるということです。例えば次のような事案を考えてみましょう。
どうでしょうか。Aさんはキャッシュカードをだまし取られてしまった被害者のようではないでしょうか。しかし,これと同種の事案で,東京高裁平成26年6月20日判決は28条2項後段の罪の成立を認めました。その理屈をみていきましょう。
まず,Aさんがキャッシュカードを送ったことが,通常の商取引又は金融取引として行われるものであることもしくはその他の正当な理由があると言えるかが問題となります。この点,口座開設時に口座開設者(Aさん)と銀行で約束した取引規定で,キャッシュカードを他人に使わせることは禁止されています。そこで裁判所は,貸金の返済の方法として,自身(Aさん)のキャッシュカードを貸し手(Bさん)に渡して,貸し手にそのキャッシュカードからお金を引き出してもらうという方法や同カードを借金の担保として渡すという方法は「通常の商取引又は金融取引」ではないと判断しました。
また通常の取引ではなくとも「その他の正当な理由」があるかも検討されました。しかし,友人や親戚であれば,返済の手段や担保としてキャッシュカードを交付することが「正当な理由」になる可能性は一般論としては認めましたが,本件のように,契約の相手方もはっきりしない,連絡先もはっきりしない,カードを悪用された場合の防止も不可能といった場合については「正当な理由」とは言えないと結論づけられました。
更に,キャッシュカードを渡すことは,返済の手段もしくは担保にすぎません。これで「有償」といえるのかも問題となりましたが,複数ある返済の手段として,キャッシュカードを受け取ってもらったというよりは,同カードを渡せば融資が受けられるという状況であったこと,すなわち融資を受けることとキャッシュカードを渡すことが対価的な関係にあると認定され,有償性が肯定できると判断されています。
このように,どのような目的使われるか知らなくても,闇金から騙されたようにみえても犯罪となってしまう可能性があります。
他人名義の預金通帳等を,他人になりすまして使うために受け取ったり,そのような目的がなくても有償で受け取ったりすると同様に犯罪となる
他人名義の預金通帳等をその他人になりすまして使う目的で受け取ったり,そのような目的がなくても,通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに有償で受け取ったりした場合は同様に犯罪が成立しますので注意が必要です(同法28条1項)。
口座の売却等に関して誤って罪に問われないようにするための対策
今までに説明したように,預金通帳等を第三者に渡すことは犯罪となる可能性がとても高く,誘われても絶対にしてはいけないことはご理解いただけたと思います。しかし,借金に追われて正常な判断ができない状態になってしまい,既に預金通帳等を渡してしまった場合は,どのような認識で渡してしまったのかをはっきりさせておく必要があります。
なぜなら,上記で説明した犯罪は,一定の目的や事実の認識があって初めて成立する犯罪だからです。このような目的や事実の認識は自白以外に証拠がないことが多く,目的や事実の認識を正確に警察に伝えないと,犯罪ではないにも関わらず犯罪をしたことになってしまう可能性があるからです。
詐欺罪の成立に必要な口座の作成目的の認識は,口座の開設時に必要
口座を販売したり,他人に譲渡したりする目的は,口座を作成する時点で持っていることが詐欺罪の成立には必要不可欠です。
例えば,金融業者を騙る者から「振り込みのために○○銀行で口座を作ってきてください」と言われたとしましょう。お金を借りる人は,「振込手数料が安くなるから特定の銀行の口座の作成を依頼されているんだ」と理解する可能性があります。このような目的で口座を作った場合,口座を作成する時点では,口座の販売や譲渡の目的がないので,詐欺罪は成立しません。仮に,金融業者を騙る者から口座を作った後すぐに「あなたのその口座にお金を直接振り込むために必要なので預金通帳等を送ってください」と要求され送ってしまったとしても,その事実から,遡って詐欺罪になる訳ではありません。
確かに,事実の流れだけを追えば,口座を作成し,その後すぐに預金通帳等を送ってしまっているので,預金通帳等を譲渡することを目的に口座を開設したのではないかと疑われるのは当然です。そこで警察から,「最初から売る可能性もあると薄々思いながら,口座を開設したのだろう」と厳しく取り調べられ,怖くなり,安易に「譲渡するかもしれないと思いましたが,その場合は,それでも良いと思い,口座を作成してしまいました」との供述調書に署名もしくは押印をしてしまうと,本当は詐欺の故意はなかったのに,詐欺の故意があったことを認めたことになってしまいます。どの時点で認識を持ったのかということはとても大事ですので,注意が必要です。
他人になりすます目的を認識していなければ,預金通帳等を交付しても犯罪とはならない
先ほど説明しましたように,他人になりすます目的を相手方がもっていることを知りながら,預金通帳等を交付するのが犯罪です(犯罪収益移転防止法28条2項前段)。そこで預金通帳等を渡す者が,受け取る者が他人になりすます目的を持っていることを知っていることが必要です。
例えば,色々なデザインの預金通帳等を趣味で集めている者がいたとして,そのような者に言われて預金通帳等を渡しても犯罪にはなりません。もちろん,その者が実は他人になりすます目的を持っていたとしても,それを知らずに渡した者には犯罪は成立しません。
預金通帳等を売ったり,有償で貸したりしても,「正当な理由」がないことの認識がなければ犯罪とはならない
また,預金通帳等を売ったり,有償で貸したりする行為についても,「正当な理由」がないことの認識が必要です。ここで注意が必要なのは,自分が勝手に「正当な理由」があると思っているだけでは不十分だということです。つまり,「自分は通帳を売っているが,これは自分の通帳なので売っても合法なのだ。」と固く信じていてもダメなのです。簡単に言ってしまうと,一般人が「正当な理由」だと思うような事実を認識していることが必要なのです。
先ほどの裁判例では,①電話で勧誘があり実際には相手方に会っていない事実,②契約書も存在せず貸主が分からない事実,③カードの送付先も郵便代行宛てであったというカードを送った後に不正利用された場合の責任追及が難しいことを裏付ける事実をあげて,正当な理由はないことの認識があり,犯罪が成立すると判断しています。
そこで上記①~③とは異なり,キャッシュカードの名義人が,実際に相手方の事務所を訪れて契約書を作成し,返済目的のためにカードを交付したような場合については,一般人が「正当な理由」がないと考えるかどうかの検討が必要となります。この認定も例えば,相手方の事務所が,いかにも犯罪者集団が利用するような怪しい事務所であった場合と,きちんとした上場企業が利用するような事務所では認定が変わってくる可能性があります。どのような事実を認識していたのかといった点はとても大事な事ですので,警察や検察の取り調べに対してどのように説明するのか,事前に法専門家と相談することが重要であると言えます。
犯罪が成立する場合の対応
なお,犯罪になることが否定できない場合については,弁護士等に相談の上,自首することを考えるべきです。
預金通帳等の売却等は,初犯であれば罰金刑や執行猶予付きの懲役刑が多い犯罪類型です。また身体拘束をされない在宅事件での処理も十分にありえます。そこで過度に心配する必要はありません。また,渡してしまった預金通帳等が振り込め詐欺に利用された場合,その口座名義人はすぐに判明しますので,遅かれ早かれ発覚してしまいますので,きちんと事実に向き合うことが重要です。
この種の犯罪については,行為の目的や認識が罪の成立の重要な要素となります。昨今問題になっているように,取り調べには弁護人は立ち会えませんのでおかしな誘導が行われ,実際の認識とは異なる調書が作られてしまうということもよくあります。取り調べで何をどのように説明したのかが起訴・不起訴をわけることにもなります。実際に警察から呼び出しがあった場合,速やかに弁護士に相談をし,自身がどのような認識で行為をしたのかを説明し,法的なアドバイスを受けてから取り調べに対応する必要性が高いといえます。
また,量刑は比較的軽い犯罪ですので,罪を犯してしまった場合についても一人抱え込むことなく,弁護士等に相談して早急に対応することが重要であるといえます。
口座の預金通帳等を売却等したことによって生じる不利益
売却等した口座は,振り込め詐欺等の特殊詐欺に悪用されるケースが散見されます。このような場合,悪用された口座は利用停止がなされます。平成28年度については,52,753件の口座が利用停止となり,29,880件の口座が強制解約されています。加えて振り込め詐欺に利用された口座以外の同一名義人の口座も利用停止されますし,新しい口座を作ることもできなくなってしまうことが多発しています。
なぜなら振り込め詐欺やヤミ金融などに利用された口座の情報は,各警察署によって把握され,最終的には警察庁によって集約されてリスト化されているからです。このリストは全国銀行協会に提供され,各銀行で共有されています。その結果,同一名義人の他の口座が凍結されたり,新規の口座の開設ができなくなってしまうのです。
ただ,平成29年10月に同協会から各銀行へ運営にあたっての留意事項が伝達され,口座の凍結や新規口座の開設については,各銀行の判断にゆだねられることが明確になりました。なぜなら,騙されて預金通帳などを送ってしまった人が銀行口座を利用することができなくなり,社会生活で大きな不便をこうむってしまう事態が発生したからです。
そこで,もし上記のような不便に直面したら,銀行に対し,預金通帳等を送ってしまった経緯や,現在の現状などを伝えて交渉することが重要です。ご自身で対応できなかった場合などは弁護士に一度相談することも事態打開の有効な方法かと思われます。
まとめ
繰り返しになりますが,預金通帳等を他人に渡す行為は犯罪にもなりえますし,自身の他の口座も利用できなくなるなど,社会生活にも重大な影響を及ぼします。とても危険な行為です。絶対にしないようにしてください。
一方で,預金通帳等を他人に渡す行為が犯罪になるかどうかは,渡した時の認識が重要な要素になります。複雑な問題になりますので,自身で判断をすることなく弁護士等の助言を得ることが重要です。