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日馬富士暴行問題 – 損害賠償請求の行方を弁護士が解説

貴ノ岩による2400万円の損害賠償請求の行方は

日馬富士暴行問題とは、昨年の鳥取県内で行われた秋巡業の後に、日馬富士がモンゴル出身の力士を集めて開いた飲み会の際に、日馬富士が当時貴乃花部屋の貴ノ岩に対して傷害を加えた事件のことです。

これにより、貴ノ岩は昨年の秋場所以降の取り組みを全て休場し、今回、貴ノ岩は、前記の傷害に対する損害賠償として2413万5256円を日馬富士に請求し、民事裁判を提起しました。今回、貴ノ岩が負った怪我について合計3通の診断書が存在しており、このことが事態を更に複雑化させています。

貴ノ岩が九州場所休場のために提出した2通目の診断書によると、貴ノ岩の負傷の程度は、全治約2週間程度とされています。一方で、貴ノ岩が提出した3通目の診断書には、「受傷後約3か月程度は頭部打撲を避ける必要がある」という記載があります。このように両者の内容は大きく異なっています。そこで今回は、日馬富士による暴行問題の裁判の経過や実際に認められるであろう金額について説明したいと思います。

民事裁判と刑事裁判の違いとは

今回、貴ノ岩がした請求の内容は自身(貴ノ岩)に「2413万5256円を支払え」というものです。このような請求は民事裁判に分類されます。民事裁判は誰でも提起でき、当事者となることができます。したがって、今回の民事裁判の当事者は貴ノ岩と日馬富士ということになります。

一方で、犯罪を行ったとされる者に対して、その刑罰の執行を求める裁判は刑事裁判に分類されます。刑事裁判を提起することができる者は原則として検察官に限られるため(刑事訴訟法第248条)、貴ノ岩はこれを提起することができません。したがって、刑事裁判では、被害者である貴ノ岩は当事者になりません。

ちなみに、刑事裁判で犯罪を訴追される者のことは「被告人」と呼ぶのに対し、民事裁判を提起される者は「被告」と呼びます。民事裁判と刑事裁判とは別個の手続きで行われますが、通常は刑事裁判が先行することが多いです。今回の日馬富士による暴行についても刑事裁判はすでに終結しており、2018年1月4日、鳥取簡易裁判所は今回の日馬富士による傷害について罰金50万円の略式命令を出しました。

略式裁判手続きとは、当事者が事実関係について争わない場合に、通常の裁判より簡略化した手続きによって100万円以下の罰金又は科料を科す手続きです(刑事訴訟法第461条~)。当事者の一方が、この手続きについて異議を述べた場合には、通常の裁判手続きに移ります。

民事調停とはいかなる手続きか

今回の問題について、貴ノ岩側は民事調停という手続きを申し立てましたが、調停は不成立におわりました。 民事調停とは裁判所の調停委員という第三者を交えた話し合いによって紛争を解決するための手続きです。このような手続きは「ADR(Alternative(代替的) Dispute(紛争) Resolution(解決))と呼ばれます。

裁判で判決を得るためには長い年月を要し、また、その内容も法律の条文に規定された内容に限定されます。しかし、民事調停によれば、早期の紛争解決が期待でき、その内容も柔軟に検討することができるという利点があります。また、民事調停を申し立てるために必要な印紙代は、通常裁判を提起する際の半額で済むので、経済的にも利点があります。

しかし、民事調停とはあくまで任意の手続きであるため、当事者に出廷を義務づける根拠はなく、また、調停の結果に法律上拘束されることはありません(たとえば、調停の結論に基づき相手の財産に強制執行をかけることはできません)。今回、貴ノ岩が申し立てた民事調停は、日馬富士側が第2回調停期日に出席しなかった ことにより不調に終わりました。

こうなった以上、貴ノ岩としては、民事裁判を提起しなければ、損害を賠償してもらう方法がありません。このような経緯で、今回、貴ノ岩は東京地方裁判所に民事裁判を提起するということに踏み切ったのだと思われます。なお、調停が不調に終わっても、2週間以内に通常裁判を提起する場合には、印紙代は民事調停を申し立てた際支払った残りの半分の額で済みます。

今回の民事裁判の争点は

今回の貴ノ岩の請求の内容は、日馬富士による暴行に対し損害賠償及び慰謝料を支払えというものです。

このような不法行為に対する損害賠償が認められるためには①日馬富士による暴行が行われたことと②それに対して日馬富士の「故意または過失」が認められること、そして③この日馬富士の暴行によって貴ノ岩の損害の発生したこと、④①と③の間に因果関係が認められることが必要になります(民法第709条)。また、慰謝料が認められるためには、日馬富士の暴行によって貴ノ岩に相当する精神的苦痛が生じたことが認められる必要があります。

先程申し上げた通り、日馬富士による暴行について刑事裁判は略式裁判により既に終結しています。つまり、日馬富士側は、刑事裁判では、事実関係について異議を出していなかったことになります。したがって、今回の民事訴訟についても、日馬富士側は、①日馬富士が貴ノ岩に対して暴行をしたことと②それに対して日馬富士に「故意または過失」があったことについては認めていると考えられます。以上のことからすると、今回の民事裁判では上記の、③と④の有無が争点となると考えられます。

示談とは、示談金の相場はどのくらいか

示談とは、裁判所の判決によらずに、当事者同士で自主的に紛争を解決する手続きです。先ほど説明した通り、裁判で判決を得るためには長い年月を要し、また、その手続きも煩雑です。示談は任意の手続きであり、また、その手続きについて法律の規定はありません。したがって、早期の紛争解決を目指す場合には示談によることも一つの手段です。

示談の締結に際して示談金が支払われることが一般的です。その際には通常「当事者の間にはこれ以外、如何なる債権・債務も存在しない」という清算条項が加えられます。では、示談金の相場はどのくらいでしょうか。示談は任意の手続きであり、示談金の額についても法律は規定していませんので、その額はケースバイケースです。

当事者の一方による暴行によって損害が生じた場合、示談金の額は、暴行の態様やその程度、実際に生じた損害の額等を様々な事情を総合的に考慮して決定します。今回、貴ノ岩が九州場所休場のために提出した2通目の診断書によると、貴ノ岩の負傷の程度は、全治約2週間程度です。仮に、一般の会社勤務の方がこの程度の傷害を負った場合には、示談金の相場は50万円前後となります。

これに対して、貴ノ岩が提出した3通目の診断書には、「受傷後約3か月程度は頭部打撲を避ける必要がある」という記載があります。もし、仮にこの3通目の診断書を根拠にするならば、損害には3ヶ月の休業による逸失利益等が含まれることになるので、示談金は50万円では決着せず、貴ノ岩の当時の給与状況を考慮した示談金の支払いが必要となります。

特に、貴ノ岩は今回の暴行により、昨年11月の九州場所を全休したため、番付を幕内から十両に降格させられました。このことを踏まえると、示談金の額はある程度、高額になる可能性があります。しかし、本件においてはいずれの診断書を基準にすべきか争われており、両者が提示する示談金の額には相当程度の隔たりがあったことから、今回示談は成立しなかったものと考えられます。

裁判で認められる金額とは

今回の暴行のような不法行為に対して賠償が認められる損害は、以下の通りです。

積極損害

これは、事件が発生したことによって、被害者が支出を余儀なくされた損害のことを指します。入院費や通院費などがこれにあたります。領収書等があれば、損害が容易に立証でき、もっとも回収が容易な損害と言えるでしょう。

消極損害

これは本来、得られるであったあろう利益が、事件が発生したことによってえられなかなかったことにより生じた損害を指します。逸失利益等もこれに含まれます。消極的損害は、仮定的な判断が伴うため、一番立証することが難しく、争点になりやすい損害です。

弁護士費用

事件処理を弁護士に依頼したことで発生する費用です。日本では、裁判を提起する際に、弁護士をつける必要はありません。しかし、実際に裁判で損害を立証するためには法律の専門家として弁護士を依頼することが必要であるため、今回のような不法行為に基づく損害賠償請求については、請求額の1割程度の弁護士費用を損害額として認めることが一般的です。裁判では上記に加え、被害者が受けた精神的苦痛に相当する金額も認められます。

慰謝料

これは、暴行等の不法行為を受けた被害者の精神的苦痛を慰謝するための費用です。慰謝料には暴行の態様やその程度、当事者の関係性や被害者の社会的名誉等が考慮されます。また、加害者の資力が豊富なほど高い金額が認められやすい傾向にあります。

今回の民事裁判で実際に認められる金額とは

報道によると、貴ノ岩側は前記の③今回の暴行により発生した損害として、合計2413万5256円を日馬富士に対し、請求しています。その内訳は以下の通りです。

  • 入院・治療費について…435万9302円
  • 給与の差額について…148万1840円
  • 懸賞金の逸失について…900万円
  • 巡業手当の逸失について…38万円
  • 退職時の幕内養老金等の減少について…172万円
  • 慰謝料…500万円
  • 弁護士費用…219万4114円

これらについて、特に気になる点について検討していきたいと思います。

「入院・治療費について…435万9302円」について

これは積極損害に該当し、領収書等があれば、その分の損害が認められます。もっとも、過剰に入院・治療していれば、その分の費用は認められません。公開された受傷後の貴ノ岩の痛々しい姿からすると、その治療にはそれなりの費用がかかっているのではないかと思われます。したがって、相当程度の金額の賠償が認められるのではないでしょうか。

「給与の差額」などについて

これは消極損害にあたります。貴ノ岩は今回の暴行により、昨年の九州場所を全休せざるを得ず、これにより番付が前頭から十両に降格しています。力士は番付により月の給金が異なり、両者の差額はだいたい30万円くらいです 。また、力士には場所ごとの巡業手当があり、これも番付によって額がことなります。したがって、貴ノ岩はこの差額分を損害として請求したものと考えられます。

「慰謝料…500万円」について

全治約2週間程度の暴行事件の慰謝料はだいたい50万円~100万円くらいが一般的です。しかし、実際の慰謝料の算定には様々な考慮事情があり、また担当する裁判官によって認定額にはある程度の幅があるため、どの程度が相当かという点については一概に言いにくい部分があります。

もっとも、今回、番付の降格を伴っていることや、連日事件が報道されること等で、被害者である貴ノ岩にある程度の精神的苦痛が生じていると考えれば、慰謝料はもう少し高額になるかもしれません。加えて、3通目の診断書を基準にした場合には、慰謝料の額は更に高額となる可能性があります。

「懸賞金の逸失について…900万円」について

懸賞金とは一つの取り組みについて、勝者の力士に与えられる臨時手当のようなものです。ニュースや新聞で取り組みに勝利した力士がたくさんの封筒を手渡されるシーンをよく目にすると思いますが、それがこの懸賞金です。懸賞金は、企業や団体がスポンサーとなり、その金額は一本約6万円です 。また、どれだけの懸賞金がかけられるかは、その取り組みによって異なります。

貴ノ岩側の代理人によれば、貴ノ岩は幕内時代の実績として、ひと場所少なくとも60本~70本の懸賞金が掛けられ、その勝率はだいたい49%であるから、ひと場所当たりおよそ30本の懸賞金を逸失していたことになります。その間の逸失利益を計算すると、約900万円になるそうです。この部分は、今回の裁判で一番の争点となることが予想されます。

なぜなら、スポーツの勝敗には偶然的要素が関係する場合が多く、その損害を客観的に立証することが困難であるからです。これについて、東京地裁平成14年7月31日判決 に、交通事故で負傷した競輪選手の事故前の勝率と事故後の勝率を客観的に比較し、その下落分に相当する賞金を逸失利益として賠償を認めた事例があります。このように、今回の請求もその算定方法から、逸失利益を客観的に立証できた場合には相当の損害の賠償を認める可能性はあります。

「弁護士費用…219万4114円」について

上記の通り、不法行為に対する損害賠償については、請求額の1割程度を損害として請求することが一般的です。もちろん過剰な費用であると認められれば、その分減額されることはあります。

本件では、上記のように損害を仮定的に見積もった部分が多く、その全額が認められることは難しいでしょう。その場合には、認定額の1割程度の弁護士費用が認められることになるでしょう。

まとめ

いかがでしたしょうか。本件のように、紛争が長期化すると、当事者での自主的解決がもはや期待できない場合があります。そのときは、裁判によって解決することも手段の一つですが、実際には、その損害の立証はときに非常に困難を伴います。そうならないためには、早期に弁護士等の第三者に依頼して、紛争の早期解決を目指すべきといえます。

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