事案
殺人事件の参考人として任意の事情聴取に応じた被告人について、その後、9泊の宿泊を伴う取調べがなされ、その間に犯行を認める自白調書が作成された。原審は、当該調書を証拠として採用し、有罪とした。これに対して、上記のような態様の取調べにおける自白は排除されるべきとして、被告人側が上告した。
判旨(東京高裁平成14年判決)
本件においては、被告人は、参考人として警察署に任意同行されて以来、警察の影響下から一度も解放されることなく連続して九泊もの宿泊を余儀なくされた上、一〇日間にもわたり警察官から厳重に監視され、ほぼ外界と隔絶された状態で一日の休みもなく連日長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれたのであって、事実上の身柄拘束に近い状況にあったこと、そのため被告人は、心身に多大の苦痛を受けたこと…等の事情を指摘することができるので…本件の捜査方法は社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎであり…任意捜査として許容される限界を越えた違法なものである…。
そして、自白を内容とする供述証拠についても、証拠物の場合と同様、違法収集証拠排除法則を採用できない理由はないから、手続の違法が重大であり、これを証拠とすることが違法捜査抑制の見地から相当でない場合には、証拠能力を否定すべきである…。
…本件がいかに殺人という重大事件であって被告人から詳細に事情聴取(取調べ)する必要性が高かったにしても、上記指摘の事情からすれば、事実上の身柄拘束にも近い九泊の宿泊を伴った連続一〇日間の取調べは明らかに行き過ぎであって、違法は重大であり、違法捜査抑制の見地からしても証拠能力を付与するのは相当ではない。本件証拠の証拠能力は否定されるべき…(である)。
(もっとも、その他の証拠から被告人が犯人であると認定できるとして、被告人を有罪とする原判決の結論は維持した。)
コメント
行き過ぎた捜査により獲得された自白調書は、その証拠能力が否定されるため、証拠から排除されなければなりません。本件は、宿泊について被告人の承諾があるとしても、9泊という長期にわたる宿泊を了承したとは認められないこと、宿泊時の捜査官の監視態様がホテルの同室内の隣部屋等で強度のものであったこと等に照らして、捜査機関による取調べを重大な違法と判断した上で、そのような取調べにより得られた自白は排除されるべきとしました。本判決より前に示された最高裁昭和59年判決では、4泊の宿泊を伴う取調べを違法とする2名の裁判官の少数意見が付されており、一貫して、裁判所は、宿泊を伴う取調べにより得られた自白の適法性について慎重に判断する姿勢を明らかにしているといえます。