不起訴とならずに起訴された場合、次の関心事は判決で執行猶予がつくか、実刑かです。
例えば、3年間執行猶予を付するという場合、3年間新たな犯罪を起こさず、実際に刑務所に行かなくて済むというのが、わが国の執行猶予制度です。
執行猶予付き判決が宣告されると、勾留されていた被告人はその日に釈放され、保釈されていた被告人は保釈金の還付手続きを受けます。こうして通常の生活に戻ることができるのです。
このように、裁判において刑を言い渡すにあたり、情状によって、一定の期間その執行を猶予する判決のことを執行猶予判決と言います。
これに対して執行猶予がつかず、刑務所収容を伴う判決のことを実刑判決と言います。
本記事では、執行猶予の意味や実刑との違い、そしてどのようにすれば執行猶予を獲得できるかについて弁護士・坂本一誠が解説いたします。
執行猶予とは
執行猶予というのは、刑の執行を猶予するということで、手続的には、検察官が起訴をし、裁判となって、判決において裁判所が決める判断です。
裁判所は刑の宣告をしますが、実際に刑の執行をするのは検察官です。
執行猶予というのは、裁判所が有罪と認定するものの、その刑を一定期間猶予するという宣告なのです。
ですから有罪は有罪であって、執行猶予を獲得したからと言って前科がつかないという訳ではなく、前科となるのです。
執行猶予と「起訴猶予」の違い
執行猶予と起訴猶予は違います。
刑事手続は、典型的には警察による逮捕→検察官による勾留(裁判官が決めます)→検察官による起訴不起訴→裁判→判決と続きます。
警察は、原則として事件の終局処理はできません。
必ず検察官に事件を送致します(刑事訴訟法246条)。検察官には被疑者を起訴するか、不起訴にするかの決定権があります。
不起訴になるということは前科がつかないということですから、被疑者の運命は検察官の起訴・不起訴の決定にかかっていると言っても過言ではありません。
なので、起訴猶予となれば、事件は起訴されず、不起訴という形で終結します。
執行猶予と「実刑」の違い
執行猶予と実刑、いずれの判決も裁判を経て下される有罪判決です。そして、いずれも前科になります。
ただし、実刑判決の場合、判決が下されると直ちに刑務所等に収容されるのに対し、執行猶予付判決の場合は直ちに刑務所に入る必要はありません。
例えば、「拘禁刑3年、執行猶予4年」という判決が下されるとします。
この場合、4年間拘禁刑の執行が猶予されます。(なお、令和7年より、懲役刑は禁固刑と併せて、拘禁刑に一本化されました。)
刑の執行が猶予されるこの期間中に、犯罪を行なうことなく執行猶予期間が過ぎれば、刑罰(拘禁刑3年)を受ける必要はなくなり、刑の言渡しは効力を失います(刑法27条)。
執行猶予期間中に再犯を行なったら
もし執行猶予期間中に犯罪を行ない、起訴され、その新しい犯罪で有罪判決となったならば、原則実刑判決となります。
そして、前に受けた執行猶予判決は取り消されることになるので、その刑期(上記では3年)にプラスして、新しい犯罪の刑期が加算されるのです。
例えば、新しい犯罪で仮に拘禁刑2年となった場合、合計して5年間も刑に服さなければなりません。
その意味は何かというと、前の事件でせっかく裁判官が温情をかけて執行猶予判決を下し、その判決宣告に際に、被告人に対して「猶予期間中に新たな犯罪を行うと取り消されますよ」と警告したにもかかわらず、また犯罪を行うということは執行猶予を与えた意味がないとして取り消されるのです。
ですから、執行猶予期間中(にあらずですが、特に執行猶予期間中)は、決して犯罪を行うことなく自重しなければならないのです。
執行猶予が付く条件とは – 再度の執行猶予
執行猶予付判決は誰しも認められることはなく、刑法上で一定の条件があります。
執行猶予付判決が下される条件は、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金を言い渡された場合で、例えば以下のとおりです。
- 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない場合。
- 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日またはその執行の免除があった日から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない場合。
- 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が2年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがある場合(再度の執行猶予)。ただし、保護観察の付いた再度の執行猶予期間内に更に罪を犯した場合は除きます。
再度の執行猶予は、「情状に特に酌量すべきものがあるとき」に認められます。これは、通常の情状、「被害者と示談が成立した」といった通常の情状では足りないのです。
感覚的には犯行後の情状というよりも、犯行それ自体の情状が重視されます。
例えば、前の事件と同種の犯罪を行った場合は、再度の執行猶予はまず付きません。窃盗で執行猶予判決を受けたのにまた窃盗を行った場合などは再度の執行猶予は付きません。
また、同種の犯罪でなくても故意犯を行った場合にも再度の執行猶予が付くのは難しいです。
前に窃盗で執行猶予判決を受けたのに、さらに強制わいせつで有罪判決を受ける場合などです。執行猶予期間中は自重しなければならず、故意に犯罪を行うなどもってのほかということなのです。
再度の執行猶予を獲得したいなら、優秀な刑事弁護士に依頼する必要があります。
当事務所では、執行猶予付き前科のある再犯事案は何よりも起訴されないことを目指します。
否認事件であれば嫌疑不十分による不起訴を、自白事件であれば起訴猶予ないし略式罰金刑を目指して活動しています(この場合、下記の執行猶予の裁量的取消に注意)。
再度の執行猶予が認められる事例
一方、新しい犯罪が同種の犯罪と言えない場合、例えば、前に窃盗を犯し、新たに交通事故を起こし、自動車運転過失致死罪で有罪となった場合には再度の執行猶予の可能性があります。
新たな犯罪は同種犯罪と言えず、しかも過失犯だからです。また、無免許運転で有罪判決を受け、執行猶予中の者が、子どもが高熱を出したため急いで子供を車に乗せて病院まで運転中に無免許運転で逮捕された、というような場合、無免許運転は故意犯ですが、情状として特に酌量すべきとして再度の執行猶予判決が下される可能性があります。
それくらい、再度の執行猶予というのは例外的です。通常は不可能であると今までは考えられてきました。
ところが、2022年6月13日、参議院本会議で改正刑法が可決され、再度の執行猶予の要件が緩和されることとなりました。
2025年6月1日施行の改正法では、再犯防止の観点から、裁判所が個別の事案に応じた処分を出せるよう、保護観察中に再び罪を犯した場合でも執行猶予を付けることができるようにするとともに、再度の執行猶予を付けることができる再犯の量刑が1年以下から2年以下に引き上げられました。
この要件緩和により、再度の執行猶予が付く事案は今後拡大する見込みです。
しかし、激増が予想されるほどの大きな改正とまではいえません。
再度の執行猶予判決を獲得した事例
当事務所で扱った再度の執行猶予判決獲得の事例をご紹介します。
執行猶予の裁量的取消について
このように、前に執行猶予判決を受け、その猶予期間中に再犯を行い、起訴されて拘禁刑以上の有罪判決を受けた場合には前の執行猶予は取り消されるのですが(これを「必要的取消」と言います)、たとえ新たな犯罪で拘禁刑以上の有罪判決を受けなくても、裁量で執行猶予が取り消されることもあります(これを「裁量的取消」といいます)。
例えば、仮に新たな犯罪が正式起訴されずに略式罰金で済んだ場合や、前の執行猶予が保護観察付の猶予判決であった場合などには、裁量的に執行猶予が取り消されることがあることに注意すべきです。
通常の執行猶予付き判決と保護観察付の執行猶予判決の最大の違いはそこにあります。
保護観察官や保護司の指導にもかかわらず、再度の犯罪を行った場合には更生の期待を裏切ったと評価されるのです。
執行猶予期間を過ぎて新たな犯罪を行った場合
では、執行猶予期間中ではなく、執行猶予期間を徒過したのちに新たな犯罪を行った場合には再度の執行猶予が付くでしょうか。
これは、付かないと思った方がいいです。当然のことですが、執行猶予期間が切れたことが実刑回避の必要十分条件ではありません。
実務の感覚としては、執行猶予期間満了後から5年から10年以上経過したのちの犯罪で、初犯に準じて評価できるような事情がない限り、実刑判決となります。
やはり、たとえ執行猶予判決であってもその前科があるということ自体、量刑に当たって重要であり、一度目は許しても二度目は許さないというのが司法の感覚です。
中には、薬物犯罪で執行猶予判決を受け、その執行猶予期間が終わったのでまた薬物を始めるという人もいますが、裁判官は許さないのです。
もちろん、執行猶予期間中の犯罪ではなく、期間経過後の犯罪ですと、執行猶予が付く可能性はあります
当事務所でも執行猶予期間が切れて1年ないし2年程度しか経過していない中で再犯を行ったケースについて執行猶予判決を獲得した前例がいくつかあります。
執行猶予を獲得するために
以上のように、執行猶予を獲得するには、「情状」や「特に酌量すべきものがある」ことの立証が欠かせません。
これらの執行猶予を獲得するための情状弁護活動は個々の犯罪によって異なっていきます。
窃盗(クレプトマニア)、性犯罪、薬物犯罪、飲酒運転や無免許運転などの交通犯罪のように、類型的に再犯の可能性がある事件では専門機関と連携して再犯防止プログラムを実践していく必要があります。
一方で、被害金額の大きい詐欺、強盗、横領などの財産犯では、被害者との示談や生活の安定が必要となり、優秀な刑事弁護士による助力が欠かせません。
執行猶予を獲得するために弁護士は何をする?
弁護士は、執行猶予の獲得に向けて、示談の成立や反省文の作成支援、家族や職場からの嘆願書の収集など、情状を有利にする活動を行います。
再犯の防止策や更生支援の体制を整え、裁判所に社会内での更生が可能であることを説得的に示すことが重要です。
また、過去に執行猶予付き判決を受けた場合でも、「特に酌量すべき情状」があると判断されれば、再度の執行猶予が付く可能性もあります。
早期に弁護士に相談することで、適切な対応が可能になります。
執行猶予付判決の資格制限
執行猶予付判決が言い渡されるということは、文字通り、刑の執行が猶予されるということです。
刑自体の言渡しはなされたことになるので、次の刑の執行猶予についてそれを付すことに対して制限されることになるほか、国家公務員の官職に就く能力を有しないなど、被告人にとって一定の資格制限の事由となる可能性があります。
一方、執行猶予期間後は、資格や職種の制限はなくなることになります。
例えば、国家公務員であれば、刑の執行を受けることがなくなったので、その職責に就く能力は有することになります。
ただ、刑の言渡しを受けたことがある、という事実は消滅しないので、素行、資質に影響を及ぼす可能性はあります。
執行猶予判決を獲得した事例
当事務所で扱った執行猶予獲得の事例をご紹介します。
まとめ
いかがでしたでしょうか。不起訴と違って執行猶予付判決は前科となることは間違いないのですが、実際に刑務所に行かずに社会で通常通り生活ができ、社会復帰を図ることができるという点で被告人にとってはやり直しの大きなチャンスをもらうことになります。
一方で、執行猶予判決が下されたからといって、必ず刑の執行がなくなるということではありません。
執行猶予期間中に再犯を行なうと刑が合算されて長期間服役しなければならなくなる可能性があるのです。
執行猶予期間を過ぎると、その刑の執行を受ける必要はなくなりますが、新たな犯罪については実刑判決となる可能性が高いことに注意が必要です。