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アスリートの盗撮は名誉毀損になるか?

今月からオリンピックが開催されるため、最近は毎日オリンピックに関するニュースが溢れています。そこで、今回は、スポーツ選手に関連するテーマ、具体的には、女性スポーツ選手の盗撮被害や性的な目的での画像の拡散について取り上げます。

先月、女性スポーツ選手の下着が透けて見える動画をインターネットで販売し選手の名誉を傷つけたとして、名誉毀損の疑いで会社員を逮捕される事件が発生しました。

しかし、そもそも、名誉毀損とはどのような場合に成立する犯罪なのでしょうか。なぜ「盗撮」の疑いで逮捕されたわけではないのでしょうか。以下、詳しく見ていきましょう。

名誉毀損とは

名誉毀損とはどのような場合に成立する犯罪なのでしょうか。名誉毀損は、刑法で以下のように規定されています。

刑法230条1項(名誉毀損)
①公然と②事実を摘示し、③人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

「公然」とは、不特定又は多数人が認識できる状態をいいます。
「事実を適示」とは、具体的に人の評価を低下させるに足りる事実を示すことを言います。具体性が要求される点がポイントです。ここでいう「事実」は、既に一般に知られていてもよく、また、真実か否かも問いません。
「人の名誉を毀損」とは、人の社会的評価を害するに足りる行為がされればよく、現実に社会的評価が害される必要はありません。また、ここでいう「人」は自然人に限らず、法人その他の団体も含みます。

名誉毀損となるケース

冒頭で挙げた事件は、20代の女性バレーボール選手の顔や下着が透けて見える動画を、アダルト動画販売サイトを使用して、不特定多数のインターネット利用者に対して販売したとされるものです。この事案に名誉毀損罪が成立するのか、上記要件に当てはめてみて考えてみましょう。

まず、①「公然」について検討します。不特定多数の利用者がアクセスできるインターネット上のアダルト動画販売サイトに動画をアップロードしていることから、①「公然」は問題なく認められます。

次に、②「事実を適示」について検討します。通常、「事実を適示」とは、誰がいつ何をした、という文章の形で示されるケースが多数ですが、文書、図画、漫画による場合でもよく、身振り等によって、それにより特定の事実が適示されたと評価しうる限り、名誉毀損罪の適示行為に当たると解されています。実際、わいせつな写真と特定人の顔写真を合成したものをガードレールや電柱に掲示したケースで名誉毀損罪の成立を認めた裁判例があります(横浜地判平成5年8月4日判例タイムズ831号244頁)。

また、露天風呂入浴中の女性を盗撮した映像を編集したビデオカセットテープを書店、ビデオ販売店に陳列させたという事例について、被害女性の「全裸の姿態が録画されているという事実を適示したものということができる」と判示した裁判例もあります(東京地判平成14年3月14日)。

よって、今回のようにインターネット上のアダルト動画販売サイトに動画をアップロードする行為も②「事実を適示」する行為に当たると考えられます。

最後に、③「人の名誉を毀損」したといえるかについて検討します。今回は顔だけでなく下着が透けて見える動画をアップロードしたとされていますので、被害に遭われた女性選手は、周囲の人たちから好奇の目で見られたり、場合によっては嫌悪感を抱かれるなど、種々の否定的な評価を生じる可能性があることから、社会的評価を害すると認められ、③「人の名誉を毀損」したといえるでしょう。

名誉毀損とならないケース

今回取り上げた女性スポーツ選手の盗撮動画販売の事例では問題になりませんが、名誉毀損罪を正しく理解する上では、その特例についての理解も重要ですので、以下、解説します。

上記の刑法230条1項の要件を満たす事案でも、機械的に全ての事案について名誉毀損罪の成立を認めてしまうと、言論・表現の自由が制約され、民主主義社会の健全な形成が阻害されかねません。そこで、刑法は次のような条文を規定して、一定の条件の下では、真実を述べることによる名誉毀損について処罰しないと定めています。

刑法230条の2(公共の利害に関する場合の特例)
1項 前条第1項名誉毀損の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2項 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3項 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

これらの要件を満たした場合は、名誉毀損罪によって処罰されることはありませんが、要件が厳格であり、全ての要件を満たす事案はさほどありません。

この特例が問題となった代表的な事件として、月刊ペン事件が挙げられます(最高裁昭和56年4月16日刑集35巻3号84頁)。

この事件は、月刊誌上で、編集局長が、ある宗教法人を批判するにあたり、同法人における象徴的存在とみられる会長の私的行動を取り上げ、同会長の女性関係が乱脈をきわめており、同会長と関係のあった女性2名が同会長によって国会に送り込まれているなどとする記事を執筆掲載したものです。最高裁は、「公共の利害に関する事実」に当たると判示し、東京地裁へ破棄差戻しましたが、差戻し審では、「真実であることの証明」がないとして、結局、有罪判決となりました。

名誉毀損罪と侮辱罪の相違点

刑法は、名誉毀損罪の次の条文で、侮辱罪を以下のように規定しています。

刑法231条(侮辱)
①事実を適示しなくても、②公然と③人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

名誉毀損罪の条文と比較してみましょう。
②「公然」の部分は名誉毀損罪と共通しています。
③「人を侮辱」とは、他人に対する軽蔑の表示を指し、判例通説上ここでいう「人」は名誉毀損罪と同様、自然人だけでなく法人その他の団体も含むとされているところ、やはり、明確な相違点とは言えません。

名誉毀損罪との明確な相違点は、①「事実を適示しなくとも」という部分にあります。たとえば、侮辱罪は単に被害者を「クズ」と言うだけで成立しますが、どうしてその被害者が「クズ」といえるのかについて具体的に言及すれば侮辱罪ではなく、名誉毀損罪が成立します。

また、法定刑も、名誉毀損罪の方が重くなっています。名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」であるのに対し、侮辱罪は「拘留又は科料」にとどまっています。「拘留」とは、1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置されることをいい(刑法16条)「科料」とは、1,000円以上10,000円未満の財産刑(刑法17条)ですから、侮辱罪は名誉毀損罪に比べて、有罪になった場合にも、非常に軽い刑で済むことがわかります。

名誉毀損の刑事的責任と民事的責任

名誉毀損の刑事的責任については、先ほど説明しましたとおり、有罪の場合「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」となります。事案がさほど重くなければ、略式罰金や執行猶予付き判決となることが十分あり得ます。

他方、刑事的責任はそこまで重くないとしても、民事的責任も追及される可能性があります。具体的には、名誉回復措置の請求や損害賠償請求などがあります。

名誉回復措置については、名誉毀損が行われた範囲において、名誉毀損の行為として利用された方法・媒体において適示された事実が虚偽であったことを明示する情報を提供したり、社内等の掲示板にその旨記載したり、ビラを配布したりすることが考えられます。利用されることが多いのは、謝罪広告の掲載であり、日刊紙への掲載を請求したり、名誉毀損を行った当該週刊誌等への掲載を請求したりする事例が見られます。

損害賠償請求については、名誉毀損との間で因果関係の存在する範囲で金銭的に算定した損害賠償を請求することになりますが、金銭的な算定が難しいことが特徴です。被害者が個人の場合、従来はおおむね100万円程度で推移していたものの、近年は400万円以上で認められるケースも出てくるようになりました。議員や芸能人、スポーツ選手など著名人の場合はやはり高額なケースがよく見られます。被害者が法人の場合もまた、高額なケースが見られます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は最近問題となっている女性スポーツ選手の盗撮被害を取り上げて、その罪名が名誉毀損であったことから、そこから派生して名誉毀損について取り上げました。

しかし、そもそも、女性スポーツ選手の盗撮被害を立件するのに、罪名が盗撮ではなくなぜ名誉毀損なのか、疑問に思われた方もいらっしゃるかと思います。
確かに、もし盗撮で立件できるのであれば、その方が直接的です。しかし、盗撮は刑法ではなく、各都道府県の迷惑防止条例違反に当たりますが、服で隠されている下着や裸を撮影した場合でなければ立件が難しいという実態があります。

実際、弊所でご相談のある盗撮事件もほとんどは、スカートの中や更衣室、トイレ、風呂場など、下着や裸を撮影したケースです。服の上から盗撮したケースで立件されたものも、あからさまにお尻など性的部位を強調して撮影したケースなど、ないわけではありませんが、非常に少数にとどまっています。

こうした実態を改善すべく、今、刑法に「盗撮罪」を規定すべきであるという声が上がっています。実際、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、韓国など、海外ではすでに条例ではなく法律でしっかり規制している国もたくさん見られます。

実際に様々な盗撮事件を扱っていると、確かに刑法に「盗撮罪」を規定した方がよいのではないかという思うことはよくあります。各都道府県によって条例の文言が異なり、本質的な部分は異ならなくとも、「この都道府県の条例で今回の事案は処罰できるのか?」と悩む場面はしばしばあります。残念ながら高額なカメラを備えたスマートフォンを誰もが持っている今の世の中では、わざわざ小型カメラを持ち歩いていなくとも、ふとしたくなった時に簡単に盗撮できてしまいます。そういった意味で、一昔前に比べて今こそ、盗撮を防ぐため、グレーなケースについてもしっかりと対応した法整備の必要性が高まっているように感じます。

もし、今回取り上げたような事件を起こしてしまった場合、被害者の処罰感情は厳しいものが予想される上、被害者の連絡先を知ることも容易ではないため、個人で示談することは比較的難しいと思われます。

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