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高齢者への虐待で逮捕されたらを弁護士が解説

昨今、ニュースでたびたび取り上げられる、高齢者への虐待問題。介護による疲れ、不満感から高齢の家族に対して手を上げてしまったり、老人ホームなどの施設で介護職員が入居している高齢者に暴力を振るったりといった事例がよく取り上げられます。

そして、虐待は暴力によるものだけではありません。介護を怠るネグレクトや、暴言を浴びせて心に傷を負わせる心理的な虐待、さらには性的虐待もあります。

この記事では、虐待にはどのような種類があるのか、どうして虐待事件が起こってしまうのか、虐待をしてしまったとき、受けてしまったときの対処法など、虐待に関する話題を詳しく解説します。また、高齢者への虐待の増加をうけて2005年に制定された「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、「高齢者虐待防止法」という)も取り上げます。

虐待の種類と事例

まず、高齢者に対する虐待は、「養護者」によるものと、「養介護施設従事者等」よるものの2つに分けることができます(高齢者虐待防止法2条3項)。「養介護施設従事者等」とは、簡単に言うと、老人ホームなどで業務として介護を行う人を指します。一方、「養護者」とは、養介護施設従事者等以外の人を指します。典型的な例としては、配偶者や兄弟、息子や娘等の親族でしょう。

次に、虐待の内容による分類を見てみましょう。下記5つに大きく分けられます。高齢者虐待防止法2条4項には、養護者による虐待の種類が列挙されています(養介護施設従事者等によるものは、同条5項に列挙されていますが、内容はほとんど同じです)。

身体的な虐待(暴行・傷害)

高齢者に対して叩く、蹴るなどの暴行を加えたり、それによって怪我を負わせたりする虐待です。無理矢理食事を口に入れたり、やけどを負わせたりする行為もこれに含まれます。

介護等放棄(ネグレクト)

食事を与えない、おむつを交換しない、冷暖房を利用させないなど、介護を放棄する行為をネグレクトといいます。必要な介護を行わないことは、高齢者の衰弱につながります。

心理的虐待

高齢者に対して暴言を浴びせたり、拒絶的な態度をとったりすることによって、高齢者に対し心理的外傷を与える行為です。このほか、高齢者による失敗(例えば、排泄の失敗)を他人に面白おかしく話すことによって、恥ずかしい思いをさせることも、心理的虐待に含まれます。

性的虐待

高齢者にわいせつな行為をしたり、させたりすることを指します。排泄の失敗への罰として、下半身を露出した状態で立たせるという行為も、性的虐待と見なされます。

経済的虐待

高齢者の財産を不当に処分するなどして、財産上の利益を得ると、この経済的虐待に該当します。例えば、高齢者が所有する不動産を勝手に売却し、その利益を養護者が自分のものにしてしまうといったケースです。

虐待が起こる背景

では、なぜ虐待は起こってしまうのでしょうか。厚生労働省が平成28年に行った調査(「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査)は、養護者による虐待と養介護施設従事者等による虐待とで分けて、その原因を明らかにしています。

まず、養護者による虐待の要因として最も多かったのは、「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」で全体の27.4%でした。次いで「虐待者の障害・疾病」が21.3%、「経済的困窮」が14.8%でした。介護は肉体的にも精神的にも非常に負担のかかるものです。しかも、介護に休日はありません。長く介護を続けるうちに疲れやストレスが生じ、虐待につながってしまう場合があるのです。介護を行う人がうつ病などにかかることもあります。介護を受ける人が認知症を患っているケースも少なくありません。

そうすると、コミュニケーションがとれず、養護者の言いたいことがうまく伝わらなかったり、言うことを聞いてもらえない、と感じたりしてストレスになることもあります。また、介護を行うために仕事を続けられなくなり、働きたくても働けないために経済的に苦しい状況におかれ、虐待に至るケースもあります。

一方、養介護施設従事者等による虐待の要因で一番多いのは「教育・知識・介護技術等に関する問題」(66.9%)でした。慢性的な人手不足により、十分な研修も受けられないままに現場に投入され、介護に必要な知識、技術がないため仕事がうまくできず、ストレスがたまったり、誤った方法での介護を行ってしまったりするのです。そして、「職員のストレスや感情コントロールの問題」(24.1%)、「倫理観や理念の欠如」(12.5%)と続きました。

虐待をしてしまったら

では、虐待をすると、どのような犯罪が成立するのでしょうか。実は、冒頭で取り上げた高齢者虐待防止法は虐待を処罰する法律ではなく、この法律によって暴行・傷害等の行為が取り締まられているわけではありません

傷害・暴行・殺人

暴行や傷害等は、虐待以外の場合(例えば、喧嘩など)と同様に、刑法の暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)によって処罰されます。傷害の結果、被害者が死亡すれば、傷害致死罪(刑法205条)が成立し、殺意がある場合は、殺人罪(刑法199条)が成立します。

刑法208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

刑法204条(傷害)
人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法205条(傷害致死)
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

刑法199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

強制わいせつなどの性犯罪

性的虐待については、強制わいせつ罪(刑法176条)や強制性行等罪 (刑法177条)に該当します。被害者の「心神喪失」(ここでは、意識喪失、高度の精神障害などにより、自己に対してわいせつな行為または強制性行等が行われていることについての認識が欠如している状態 を指します)に乗じて性的虐待を行った場合には、準強制わいせつ罪(刑法178条1項)または準強制性行等罪(同条2項)が成立する可能性があります。

刑法176条(強制わいせつ)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

刑法177条(強制性交等)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛 門性交又は口腔 性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

刑法178条(準強制わいせつ及び準強制性交等)
1 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

なお、条文からもわかるように、強制わいせつ罪と準強制わいせつ罪、強制性交等罪と準強制性交等罪の法定刑はそれぞれ同じです。

窃盗や横領などの財産事件

財産を勝手に処分して不当に利益を得る、経済的虐待には、横領罪(刑法252条1項)または窃盗罪(刑法235条)が成立します。横領罪と窃盗罪の違いは、物を誰が占有しているか、です。

例えば、被害者である高齢者の土地を養護者が代わりに管理している場合は、占有が養護者にあるといい(ただし、所有権は高齢者にあります)、その土地を許可なく売却してその代金を養護者が自らのものとした場合には、横領罪が成立します。一方で、管理を任されているわけでもない土地を勝手に売り払ったような場合には、その土地は高齢者が占有していることになるため、窃盗罪が成立します。

刑法252条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。

刑法235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

侮辱やネグレクト、高齢者虐待について

被害者を侮辱して心理的な障害を与える行為には、侮辱罪(刑法231条)が成立します。ただし、本罪は親告罪(刑法232条1項)であり、被害者 等が警察や検察に告訴しなければ、捜査機関は立件することができません。

ネグレクト(介護の放棄)は、保護責任者遺棄罪(刑法218条)、不保護罪(同条) に該当します。保護責任者遺棄罪に該当する行為には、「遺棄」と「不保護」があります。ここでいう 「遺棄」は、簡単に言うと、「移置」(被害者を移動させる)と「置き去り」のことです。 「不保護」とは、場所的な隔離を伴わずに生存に必要な保護をしないことを意味します。

さらに、遺棄または不保護によって被害者を死亡させたり、被害者に傷害を与えたりした場合(傷害とは人の生理的機能に障害を与えることをいうため、怪我を負わせるのみならず、例えば病気にかからせたりすることも含みます)には、遺棄等致死傷罪(刑法219条)が成立します。

刑法218条(保護責任者遺棄等)
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。

刑法219条(遺棄等致死傷)
前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

ここまで、種々の虐待行為が刑法のどの条文に該当するかを説明し、これらの行為は高齢者虐待防止法によっては処罰されないと述べましたが、実は高齢者虐待防止法にも刑罰規定は存在します。ただし、その内容は、高齢者虐待対応協力者に市町村職員が協力を委託した場合に、そこで知り得た秘密に関する守秘義務(高齢者虐待防止法17条2項)への違反を罰したり(高齢者虐待防止法29条)、虐待のおそれがある場合の行政による立入検査、質問(高齢者虐待防止法11条1項)への拒否、妨害、虚偽答弁等を罰したり(高齢者虐待防止法30条)するものであり、虐待そのものを罰するものではありません。

高齢者虐待防止法29条
第十七条第二項の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

高齢者虐待防止法30条
正当な理由がなく、第十一条第一項の規定による立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は同項の規定による質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、若しくは高齢者に答弁をさせず、若しくは虚偽の答弁をさせた者は、三十万円以下の罰金に処する。

虐待で逮捕されるか

ところで、虐待行為は、理論上は、上記のように刑法の各犯罪に該当しますが、すぐに逮捕されるのかと言えば、必ずしもそうではありません。虐待(あるいはその前兆)を抑制するための方法は、逮捕・起訴・裁判というような刑事手続きだけではないのです。

まず、虐待の程度が軽い場合は、今後、エスカレートしないように、なぜ虐待という行為に出てしまうのかを分析したうえで、解決策を見つけることが重要です。介護に関する知識が不足していることが原因なら、正しい介護の方法を学ぶ、経済的に苦しいのであれば、補助金制度(介護保険、家族介護慰労金制度、介護休業給付制度など)を十分に利用する、などです。

また、専門家のサポートを得ることも非常に重要です。第一に、市町村役場の窓口(保健福祉課や、地域包括支援センターなど)が挙げられます。第二の相談先は、医者です。前述のように、介護を続けていくうちに、うつ病等を発症する人は、少なくありません。精神科や心療内科等を受診することで、症状が緩和される可能性があります。

第三は、弁護士です。その行為が虐待に当たるかどうかをプロの視点で判断するのみならず、虐待を防止するための手段を提案することも可能です。例えば、介護休業を取りたいのに職場が許してくれない、というような場合には、弁護士が働きかけることで育児介護休業法の定めに従って介護休業をスムーズに取得できるようになるかもしれません。

もし虐待を受けたら

養介護施設従事者等から家族の高齢者が虐待を受けていると思われる場合には、すぐに市町村の窓口や警察に相談することをおすすめします。また、介護を受けている高齢者本人は、施設の職員をおそれて虐待を受けていることを言い出せないこともあるでしょう。

そのようなときのために、周囲の人は、高齢者の様子に気を配り、高齢者とコミュニケーションを取って、虐待の兆候に注意しましょう。なお、介護施設では、しばしば高齢者をベッド等に紐で拘束することがあります。徘徊癖のある高齢者の保護など、やむを得ない目的がなければ、このような身体拘束は禁じられています (厚生労働省「身体拘束に対する考え方」より)。

まとめ

高齢者に対する虐待が起こる背景には、人手不足により、介護を行う人々に過大な負担がかかっているという現実があります。日本は、少子高齢化が今後さらに進み、その傾向はさらに高まるでしょう。一般的には、職業として介護を行う人々の賃金は十分に高いとは言えません。社会保障制度の充実により、介護分野の労働環境が改善されれば、虐待事件の減少にもつながります。

また、入管法改正に伴う外国人労働者の受け入れは介護の現場に大きな変化をもたらすと考えられています。人手不足の解消が謳われていますが、言葉や文化の違いから生じる、今までとは違う新たな悩みも生じるかもしれません。

自宅等で親族の介護を行う養護者へのサポートも非常に重要です。周囲の人々が身近なところで柔軟に支え、行政が堅実に支え、議会が法律・制度の改正を通じて支え、更に研究者による介護ロボットの開発も大きな助けになるでしょう。まさに社会が一丸となって介護を行う環境を整備するという姿勢が求められます。

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