「人身事故」とは、交通事故の中でも負傷者や死者が生じた場合を指します。
相手を死傷させた場合だけではなく、自分や自分の同乗者などが死傷してしまった場合も人身事故となります。
令和5年の道路交通事故の発生件数は307,930件、負傷者数は365,595人、死者数は2,678人です。このように多くの事故が発生している状況では、誰もが人身事故の当事者になる可能性があるといえます。
もし人身事故を起こしてしまったら、どのように対処すればよいのかを解説します。
人身事故を起こした場合は警察へ連絡を
人身事故を起こした場合、まず行わなければならないのが、警察への通報です。
道路交通法72条1項で、交通事故を警察に連絡・報告する義務が定められています。現場に警察官がいる場合はその警察官に、警察官がいない場合は最寄りの警察署の警察官に交通事故が発生したことを報告しなければなりません。
第72条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
警察に連絡をしなかった場合には報告義務違反として道路交通法違反となり、5年以下の懲役または50万円以下の罰金に処されます(道路交通法107条1項)。自分が連絡できる状態にある場合は、直ちに110番通報しましょう。
人身事故で問われる罪とは
人身事故は被害者の生命・身体に危害を加えることになるため、刑事罰の対象となります。人身事故で加害者が問われる罪には、事故の状況に応じて次のようなものが挙げられます。
- 過失運転致死傷罪
- 危険運転致死傷罪
- 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪
- 殺人罪
以下、それぞれの解説をいたします。
1.過失運転致死傷罪
人身事故で問われる罪として、最も典型的な罪が、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転死傷行為処罰法」)5条で定められている過失運転致死傷罪です。自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合に、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金が科せられます。たとえば、一般の前方不注意やスピード違反などがこれにあたります。
2.危険運転致死傷罪
危険運転致死傷罪とは、一定の危険な運転行為を危険であると認識をもって行い、人を死傷させた場合に成立する犯罪です。故意がある点で過失運転致死傷罪よりも悪質であり、重い刑罰が科されています。危険運転致死傷罪が成立する運転行為は、自動車運転死傷行為処罰法2条、3条に規定されています。
危険運転致死傷罪(第2条)の8ケース
第2条の8ケースを要約すると、以下のとおりです。なお、括弧内は、犯罪白書における分類上の呼称です。
- アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態であることを知りながらの走行(飲酒等影響)
- 制御困難な高速度での走行(高速度等)
- 進行を制御する技能を有しない走行(同上)
- 人車の通行妨害の目的による、走行中の自動車の直前への進入その他通行中の人車に著しく接近する運転(妨害行為)
- 車の通行妨害の目的による、走行中の車の前方での停止その他これに著しく接近することとなる運転(同上)
- いわゆる高速道路における5の運転により、走行中の自動車に停止・徐行させる行為(同上)
- 赤信号等を殊更無視した危険な速度での運転(赤信号無視)
- 通行禁止道路を進行する危険な速度での運転(通行禁止道路進行)
危険運転致死傷罪(第3条)の2ケース
第3条には第2条と同じとまでは言えないもののこれに近い悪質・危険な運転により人を死傷させた場合についての罰則が定められています。その要約は、以下のとおりです(括弧内は、前同)。
①アルコール又は薬物の影響により走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であることを知りながら運転し、その結果、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させる行為(飲酒等影響運転支障等)
②統合失調症・てんかん・再発性の失神・無自覚性の低血糖・そううつ病・睡眠障害のため正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であることを知りながら運転し、その結果、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させる行為(同上)
危険運転致死傷罪(2条)の処罰としては、人を負傷させたものは15年以下の懲役、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役が科され、危険運転致死傷罪(3条)の処罰としては、人を負傷させたものは12年以下の懲役、人を死亡させた者は15年以下の懲役が科されます。
3.過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪
この罪は、交通事故における過失運転による死傷に関する罪状で、特にアルコールや薬物の影響を受けた場合に発生する特別な規定です。
上記の過失運転致死傷に加えて、アルコールや薬物の影響を受けていたことが後に発覚し、またはアルコール検査を拒否・偽装した場合に適用されることもあります。
また、事故が過失によって発生し、その後にアルコールや薬物の影響が発覚した場合、さらに刑罰が強化される可能性があります。
4.殺人罪
交通事故において、加害者が意図的に被害者を死傷させる意図がある場合、または危険運転の結果として死亡した場合、この交通事故が単なる過失では済まされず、加害者の行為が悪質かつ意図的であると判断された場合には、殺人罪の構成要件要素である「殺意」が認定されることで故意が認められる可能性があり、この場合において殺人罪が適用されることがあります。
特に、極端な速度違反や酒気帯び運転、無謀な運転行為が事故の原因となり、それが被害者の命を奪った場合は、単なる過失ではなく、故意または高度な過失が認められる場合にも同様に殺人罪が成立する可能性があります。
例えば、無謀な運転や強引な追い越し行為が直接的に死亡事故を引き起こしたとします。その行為が故意に行われた人の命を奪う現実的な危険性のあるもので、加害者の行為から被害者に対する殺意が認められる場合や社会的に許容できる範囲を超えていると認定された場合には、結果として殺人罪が適用されることもあります。
さらに、状況によっては、加害者が事故後に逃走したり、救助を拒否するなどして被害者の死亡を招いた場合に、殺人罪として立件された事例もあります。
人身事故の慰謝料の基準と相場
人身事故における慰謝料の基準と相場については、事故の内容や状況、被害者の治療経過、後遺症の有無などに応じて異なります。慰謝料は主に以下の要素に基づいて算定されます。
入通院慰謝料
事故によって病院に通院したり、入院した場合に支払われる慰謝料です。治療期間が長くなるほど慰謝料は高くなります。入院や通院の期間や治療の内容(手術が必要だったかどうかなど)によっても金額は異なります。
後遺障害慰謝料
後遺症が残った場合に支払われる慰謝料です。後遺症の程度(例えば、障害の等級)によって慰謝料の金額が大きく変動します。
死亡慰謝料
事故で亡くなった場合、遺族に支払われる慰謝料です。遺族の人数や被害者との関係、事故の状況などが影響します。
慰謝料の算定方法
慰謝料の額を決定する際は、被害者の傷害の程度や治療の過程、後遺症の有無、事故の過失割合、加害者の対応(示談交渉や事故後の対応)などが考慮されます。保険会社が提示する金額が相場より低い場合もあるため、適正な慰謝料を受け取るためには弁護士に相談することを検討することが有益です。
また、慰謝料の額は最終的に裁判所で決定されることもあるため、個別の状況によって異なることを理解しておくことが重要です。
事故加害者に弁護士ができること
人身事故を起こした場合、まずは事故を起こした方から詳しくお話を聞き、現場の状況などから事故の事実関係や事故に至る経緯をできる限り明確にします。その後、相手方の怪我の具合や事故現場を実際に確認し、事故を起こしてしまった側の過失がどの程度か、また相手方にも落ち度があったのかを調査します。
もし、事故を起こした方が任意保険に加入している場合は、その保険会社と密に連絡を取り、通常は保険会社が行う示談交渉をサポートします。しかし、保険会社の対応が遅れたり、保険では十分に対応できない場合、特に刑事裁判が進行しそうな場合には、まずは当面の見舞金を支払うなどして被害者への対応を考えます。
任意保険に加入していても、最終的に示談や民事的賠償が成立する見込みであれば、保険金とは別に被害者への見舞金を支払うなどの慰謝の措置を取ることもあります。さらに、交通遺児支援団体への寄付や地域の交通安全活動への参加など、事故の内容に適した贖罪活動を検討し、それを実行してもらうこともあります。
一方で、任意保険に加入してない場合、これは裁判においては不利に働く可能性が高いです。その場合、被害者にしはらう支払うべき金額(自賠責保険を差し引いた額)を全額自ら賠償する必要があるため、示談交渉や速やかに進めることが求められます。
人身事故に関する解決事例
当事務所で扱った交通事故に関する解決実績をご紹介します。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
人身事故は、自動車や二輪を運転する人であれば誰もが起こしてしまう可能性がある罪です。人身事故と言っても、適用される罪は異なり量刑も異なります。また、ほとんどのケースにおいて、損害賠償等の民事的責任も負うことになります。
万が一、ご自身やご家族が人身事故を起こした場合には、いち早く専門的知見を持った経験豊富な弁護士に相談し、迅速に対応する必要があります。