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テロ等準備罪|テロ等準備罪の概要や罰則を刑事事件に強い弁護士が解説
テロ等準備罪が定められている「組織的犯罪処罰法(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)」は,平成29年6月15日に成立しました。テロ等準備罪は共謀罪と呼ばれることもあり,野党が猛反対していたため,連日この法案が報道されていたのは記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。当時から賛否両論が激しく対立していたこの法律ですが,どのような内容で,何が問題とされていたかを理解している方は少ないように思えます。
犯罪の実行行為を行っていなくとも,犯罪計画を持ち掛けられただけで逮捕されるのではないか,何も行っていなくとも捜査対象となって警察から調べられるのではないか,と不安に思っている方もいらっしゃると思います。本記事では,そのようなテロ等準備等罪の概要や罰則などに,弁護士が詳しく解説いたします。
本コラムは代表弁護士・中村勉が執筆いたしました。
テロ等準備罪とは
テロ等準備罪に該当するのは以下の3点が満たされた場合です(組織的犯罪処罰法第6条の2)。
- ①組織的犯罪集団が関与していること
- ②重大な犯罪の実行を2人以上で計画したこと
- ③その計画を実行するために準備行為をしたこと
1つ目の「組織的犯罪集団」とはテロ集団や暴力団、麻薬密売組織、振り込め詐欺を行う集団など、重大犯罪を行うことを目的としている集団をさします。したがって,市民団体やサークル、同窓会や会社などの一般的な組織は重大犯罪を目的としていないため、これにあたりません。
また,多数人の継続的な集団であることや指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って行動する人の集まりである必要があります(組織的犯罪処罰法第2条1項)。そのため,友人同士で万引きの計画を立てた場合や会社員数名が飲食店で上司を暴行するためその計画を立てた場合は組織的犯罪集団とはいえず,処罰されません。
2つ目の重大な犯罪の実行を2人以上で計画したことについてですが、ここでいう「重大な犯罪」は明確に定義されていて,組織的犯罪処罰法の別表第4において227個に限定・リスト化されています。また,犯罪の計画は現実的で具体的である必要があります。「手っ取り早く金を得るため,なにか犯罪をやろう。」という合意は具体的でないため,犯罪の計画をしたとはいえません。
3つ目の計画を実行するために準備行為をしたことついては,組織的犯罪集団が,犯罪実行に必要な資金を集めたり,犯行現場の下見をしたりするなど,計画実行に向けて計画が進んだとわかるような行為をさします。したがって,計画実行の前に食事をして腹ごしらえをすることは計画が進んだとは言えないため,準備行為にはあたりません。
以上の厳格な要件を満たす必要があるため,一般人にこの法律が適用されることはないと言われています。
TOC条約とは
テロ等準備罪はTOC条約締結のために設けられたと言われており,日本はテロ等準備等罪の成立に伴い,平成29年7月にTOC条約を締結しました。では,TOC条約とはどのような条約なのでしょうか。
TOC条約とは、正式名称を『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約』といい、国連総会で2000年に採択された組織的な犯罪集団による犯罪行為を取り締まることを目的とした条約です。国際組織犯罪を意味する「Transnational Organized Crime」の頭文字をとってTOC条約と略されており,令和2年7月時点で190の国や地域が締結しています。
TOC条約を締結すれば,例えば,自国で犯罪を行なって他国に逃亡した犯罪者を引き渡してもらうことの実効性を高め,また,自国の捜査や刑事裁判で用いる証言や証拠物を外交ルートを経由することなく,捜査機関や司法当局の間で直接やり取りすることができるため,迅速な捜査や裁判を行うことができます。加えて、テロ等の組織犯罪に関する情報をこれまで以上により収集できるようになります。
テロ等準備罪新設の背景
TOC条約締結のためになぜ,テロ等準備罪を新設しなければならなかったのでしょうか。
TOC第5条は締約国に対し,「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し,指示し,ほう助し,教唆し,若しくは援助し又はこれについて相談することを犯罪とするため必要な立法その他の措置をとること」を義務付けています。テロ等準備罪を設立する前のわが国では,内乱予備罪・内乱陰謀罪,殺人予備罪,強盗予備罪,放火予備罪など限定的な犯罪のみが未遂の前段階で処罰できる法律として定められていました。
しかし,この様な法整備では条約終結に不十分であったため,組織的な犯罪集団の犯罪準備行為を取り締まるテロ等準備罪を新設させる必要があったのです。
テロ等準備罪と共謀罪の違い
テロ等準備罪は共謀罪とも呼ばれますが,両者の違いは何でしょうか。単純に呼び方が違うだけで同じ犯罪ないし法律を指していると考えている方も多いと思われますが,実は,この2つはもともと別ものです。
共謀罪は,政府が過去に3度法案を国会に提出し,廃案になった法案です。テロ等準備罪は,廃案になった共謀罪の処罰範囲を狭め成立したものになります。
共謀罪とテロ等準備罪の違いとしては,共謀罪では対象となる団体が明確にされておらず,対象となる犯罪は676個あり,犯罪を計画しただけでも該当します。比べて,テロ等準備罪では,対象となる団体を組織的犯罪集団に限定,対象となる犯罪を277個とし,犯罪を計画、かつ実行準備行為が行われてはじめて該当します。
野党や反対派が現在のテロ等準備罪を共謀罪と呼ぶのは,テロ等準備罪への反対の意味を込めてです。処罰範囲が狭まったとはいえ,犯罪の実行の着手前の行為を処罰するものであり,実質的には共謀罪と変わらないではないかという考え方から,テロ等準備罪を共謀罪と呼んでいるのです。
成立したテロ等準備罪の条文
テロ等準備罪処罰法案による改正後の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)
(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)第6条の2
1 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第3に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動*として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 別表第4に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 5年以下の懲役又は禁錮
二 別表第4に掲げる罪のうち、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 2年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者も、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、同項と同様とする。
* 団体の活動:団体(共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって,その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われるもの)の意思決定に基づく行為であって,その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するもの[第2条第1項・第3条第1項]
テロ等準備罪の罰則と事例
テロ等準備罪の罰則については,以下のように定められています(組織的犯罪処罰法第6条の2第1項)。
・別表第四に掲げる罪のうち,死刑または無期もしくは長期10年を超える懲役もしくは禁錮の刑が定められている罪で共謀した場合
→5年以下の懲役または禁錮の刑
・別表第四に掲げる罪のうち,長期4年以上10年以下の懲役または禁錮の刑が定められている罪で共謀した場合
→2年以下の懲役または禁錮の刑
例えば,組織的な殺人事件の場合,組織的犯罪集団が殺人計画を具体的に話しあうだけであったり,その内容をメモに書き留めたりするだけでは,実行準備行為とはいえず,テロ等準備罪には該当しません。
しかし,その計画に基づいて現場の下見や凶器を買うための資金を用意すれば,その段階でテロ等準備罪が成立します。ただし,計画に基づいている必要があるので,毒殺するつもりで刃物を用いるつもりはなかったにも関わらず,計画をした者のうちの一人が刃物を購入しただけでは実行準備行為には該当しないので,テロ等準備罪は成立しません。テロ等準備罪の要件を充足し,成立すれば,殺人罪は別表第四の1号に掲げる罪にあたり,かつ,刑法199条において死刑または無期若しくは5年以上の懲役が刑として定められているため,5年以下の懲役または禁錮の刑となります。
テロ等準備罪に対する賛否
テロ等準備罪の内容は分かって頂けたかと思います。では,なぜ,与党が強行採決したと非難されるほどに賛成意見と反対意見が分かれたのでしょうか。賛成意見としては,オリンピックや万国博覧会などの世界的な大規模イベントではテロの危険性が高まるため,テロを未然に防ぐ手段を持つ必要があることがあげられます。また,前述したように対象を組織的犯罪集団に限定しているため,一般人が対象となることはないこともあげられます。
以下で,反対派の意見を紹介しつつ,それに対する法務省の見解もご紹介します。
反対意見(1):犯罪構成要件が具体的ではなく,広く解釈される余地があるため,これを運用すると国民の思想良心の自由(憲法19条)を侵害する危険が大きいこと。
これに対して法務省は,テロ等準備罪は犯罪実行の計画だけでなく,計画に基づく実行準備行為が行われた初めて成立するため,実行準備行為という「行為」を処罰するものであり,内心を処罰し,思想両親の自由を侵害するものではないと説明しています。
反対意見(2):一般人を対象としていないというが、一般人か組織的犯罪集団かの判断をするのは政府や警察で,彼らの裁量で誰でも捕まる恐れがあること
これに対して法務省はテロ等準備罪の捜査は、刑事訴訟法の規定に従って行われているため,捜査機関の裁量で誰でも捕まえられるということはないとの説明をしています。刑事訴訟法によると捜査機関による捜査は、基本的に裁判所による事前・事後の審査を受けることになります。すなわち,一般人か組織的犯罪集団かの判断をするのは政府や警察のみならず,裁判所も行うということです。また,どのような場合に捜査を行えるかの判断は、テロ等準備罪の要件を定める「実体法」(罰則)によってその範囲が決められており、上述で述べた(1)~(3)の要件について具体的な嫌疑が必要となります。3つの厳格な要件についての具体的な嫌疑がなければ捜査を行うことはできません。さらに,テロ等準備罪の捜査を行うに当たっては,その適正の確保に十分に配慮しなければならない旨の規定が設けられました。したがって,捜査機関が濫用・恣意的に運用することはないとされています。
反対意見(3):捜査機関によるメール等のやり取りの傍受や監視が行われ、プライバシーが侵害される恐れがある
これに対して法務省は,メール等のやり取りの傍受や監視を行うことはできないと回答しています。なぜなら,メール,SNSでのやり取りの傍受は通信傍受法が規定する「通信傍受」に当たり,通信傍受法の規定に従わなければ,それを行うことはできないところ,通信傍受法で捜査として通信傍受を行うことが認められている犯罪にテロ等準備罪が含まれていないため,通信傍受を行うことはできないからです。
反対意見(4):監視密告社会になる
これに対して法務省は,監視社会になるという意見は,先程述べた通り,「テロ等準備罪は通信傍受法の定める,通信傍受の対象となる犯罪に含まれていないので監視社会になることはありません」と述べています。また,密告社会になるという意見については,「テロ等準備罪の適用対象は組織的犯罪集団であるため,一般人同士が密告し合う社会になることはありません」と述べています。
反対意見(5):対象となる犯罪が多いのではないか
これに対して法務省は,TOC条約に加盟するには,組織的な犯罪集団が関わる可能性のある重大な犯罪は全てテロ等準備罪に含める必要があったこと,TOC条約上の重大な犯罪とは,長期4年以上の禁錮刑又は懲役刑が定められている罪のことを指し,この中から,現実的に考えて,組織的な犯罪集団が実行を計画すると想定できる罪を選定した結果,277個の罪となった旨述べています。
反対意見(6):人権に配慮した法律と思えない
これに対して法務省は,テロ等準備罪を新設した当初,OECDとTOC条約に加盟する我が国以外の34の国において,「組織的な犯罪集団が関与する」と「犯罪実行の合意の内容を推進する行為」の2つの要件を採用していた国はなく,我が国のテロ等準備罪の要件は厳格であると言えます,他国と比べても,人権に配慮された法律ですと述べています。
以上のようにテロ等準備罪の賛否は様々です。その中でも反対派からは,戦前の治安維持法を想起させるとの批判もされています。
治安維持法とは,戦前の法律において「悪法」と名高い法律の一つです。国体(国家の体制,皇室)の変革や私有財産制の否定を掲げた反国家体制の運動を取り締まることを目的として1925年4月22日公布,同年5月12日に施行された法律です。同じ年の1925年には普通選挙法が成立しており,有権者が増えたことで自身の政治的思想のために社会運動や暴動がおこりやすくなることを懸念したために設けられました。1928年には,結社を支援するあらゆる行為を目的遂行のためになっているとみなされた場合,本人の意図に関わらず検挙できる「目的遂行罪」が追加され,1941年には結社とはいえない集団の活動をも取り締まると規定してその対象を拡大しました。
治安維持法ができたことによって,社会主義者,共産主義者,無政府主義者をはじめ当時の政府に少しでも批判をしたら治安当局に逮捕されてしまうような事態となってしまい,逮捕者は数十万人,7万人以上が送検され、刑務所や拘置所の獄死者は400人あまりにものぼったと言われています。治安維持法は、第二次世界大戦後,1945年に廃止されました。
まとめ
テロ等準備罪の成立は組織的犯罪集団の取り締まりを可能とするだけでなく,TOC条約の加盟を実現し,我が国がテロの抜け道にならぬよう,国際協力への貢献をもたらしました。
一方で,適用の範囲がなお曖昧であるとの批判の声もあります。現時点で一般人が捜査対象となることはなくとも,戦前の治安維持法のように,法改正によって一般人も対象となってしまう悪法へと変化する可能性も全くないとは言い切れません。国家権力によって一般市民の自由が不当に制限されないように,政府や国会の動向を注目し続けることが重要です。