人の生命や身体に危険を及ぼすおそれのある業務に従事している人が、自らの不注意により人を負傷させてしまう罪を「業務上過失傷害罪」と言います。
わざと人を負傷させる罪ではありませんが、上記のような業務を遂行するにあたっては、高度の注意義務が課せられていると考えられることから、罰則は過失傷害罪よりも重く定められております。
一体どのような業務が該当し、どのような罰則が定められているのかなど、代表弁護士・中村勉が詳しく解説いたします。
業務上過失傷害罪の成立要件
業務上過失傷害罪は、刑法第211条1項前段に定められています。
刑法第211条1項前段
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
この規定によると、業務上過失傷害罪が成立するには、以下の要件が必要です。
- 業務上必要な注意を怠ったこと(業務上の過失)
- 人が負傷したこと(傷害結果)
- 業務上必要な注意を怠ったことにより、人が負傷したこと(業務上の過失と傷害結果との間の因果関係)
「業務上」とは
「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為であって、かつ、他人の生命身体等に危害を加えるおそれのあるものをいいます。ここでいう社会生活上の地位に基づいて行う行為は、営利目的の有無や免許の有無、適法かどうか等は問いません。判例では、娯楽のための狩猟行為にも業務性が認められていますので(最高裁昭和33年4月18日判例)、「社会生活上の地位」というのは、一般家庭における炊事や掃除、育児等の家事を含まない趣旨と思われます。
「反復継続して」とは、反復継続する意思があれば足り、過去に当該行為を反復継続していた必要はありません。反復継続する意思をもって行った1回目の行為によって人を負傷させてしまった場合でも、業務上過失傷害罪が成立し得ます。
「他人の生命身体等に危害を加えるおそれ」のある行為には、当該行為それ自体が他人に危害を及ぼす可能性のある行為のみならず、他人への危険の防止を義務内容とする行為も含まれます。したがって、工場や建設現場での作業、大型車(トラックなど)や電車、航空機の運転、医師や看護師による医療行為、食品や医薬品の製造等のみならず、火災の延焼防止の設備の設置や避難誘導体制の整備の義務を負うショッピングセンターや旅館の管理責任者の業務もこれに当たります。
業務上の過失とは
「業務上必要な注意を怠」ること、すなわち、業務上の注意義務違反が業務上の過失です。
注意義務違反とは、①結果発生を予見することができ(結果の予見可能性)、結果発生を予見すべき義務(結果予見義務)があったにもかかわらず、これを怠り、また、これを怠っていなくても、②その結果発生を回避することができ(結果発生の回避可能性)、結果発生を回避すべき義務(結果回避義務)があったにもかかわらず、これを怠ることをいいます。
結果回避義務があるかどうかは、法令・契約・慣習・条理等によります。
業務上の注意義務との関係では特に、組織内で結果発生に関係する人が複数名存在することが考えられることがありますが、ある担当者に結果回避義務を肯定できるか否かは、その担当者の地位や職責、その職務の遂行状況の実態、結果発生の危険性やその支配可能性等様々な事情を総合的に考慮して判断されます。会社の責任者は比較的に業務上過失傷害罪に問われることが多いです。わざとではないとしても、不注意によって結果が生じたといえる場合には、「過失」にあたり、罪に問われてしまうことがあるのです。
業務上過失傷害罪の刑罰
業務上過失傷害で有罪判決となった場合「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」が科せられます。
「懲役」とは、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせることで(刑法第12条2項)、「禁錮」とは、刑事施設に拘置することです(刑法第13条2項)。所定の作業、すなわち、労役を伴わない点で、禁錮刑の方が軽いです。
条文上は懲役刑を科すことができるようになっていますが、実務上、業務上過失傷害罪のケースでは、禁錮刑が科されること多く、懲役刑が科されることは稀です。これは、故意犯と比較すれば過失犯は悪質性が低く、刑罰の種類において差をつけるべきとの配慮からと思われます。
なお、傷害の結果が比較的軽微である場合には、罰金刑が選択されるでしょう。
業務上過失傷害罪の類似罪名
業務上過失致死罪(刑法第211条前段)
業務上過失致死罪は、業務上の過失により、人を死亡させた場合に成立します。
刑罰は、業務上過失傷害罪と同じく「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。
過失傷害罪(刑法第209条1項)
過失傷害罪は、自らの過失により、人を負傷させた場合に成立します。
業務上過失傷害罪との違いは、過失が業務上であるか否かです。過失傷害は業務上過失傷害罪ほどの高度の注意義務は課せられません。
業務上過失傷害罪と比べると刑罰は軽く、「30万円以下の罰金または科料」です。
したがって、被疑者が事実を争っている場合を除き、基本的に略式起訴により処理され、公判に至らないことが多いでしょう。
例: スマートフォンを扱いながら道端を歩いていて、前方からの歩行者と衝突し、相手が転倒して負傷させてしまった場合
過失致死罪(刑法第210条)
過失致死罪は、過失により人を死亡させた場合に成立します。
刑罰は「50万円以下の罰金」です。意図的に人を死亡させるものではないため、罰金刑のみであり、公判請求されて有罪判決となっても刑務所に収監されることはありません。
業務上過失傷害罪との違いは、①業務上の過失であるか、②その結果、死亡に至ったか負傷に至ったかという点です。
例: 道端を歩いていて、曲がり角から現れた歩行者と衝突し、相手が転倒して死亡してしまった場合
重過失致死傷罪(刑法第211条後段)
重過失致死傷罪は、重大な過失によって、人を死亡させた、あるいは負傷させた場合に成立します。ここでいう「重大な過失」は、「注意義務違反の程度」が著しい過失を指します。
刑罰は「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」で、業務上過失致死傷罪と同じです。
業務上過失傷害罪との違いは、業務上の過失であるか、重過失であるかという点です。
例: 放し飼いにしていた大型犬が、散歩中、歩行者に襲い掛かり負傷させた場合
過失運転致死傷罪 (自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律〔自動車運転処罰法〕第5条)
過失運転致死傷罪は、自動車の運転上必要な注意を怠ったことによって、人を死亡させた、あるいは負傷させた場合に成立します。
刑罰は「7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」で、懲役刑・禁錮刑の上限が5年以下と定められている業務上過失致死傷罪より重くなっています。もっとも、傷害結果が軽い場合は、「情状により、その刑を免除することができる。」とされています。
以前は、自動車による人身事故にも、業務上過失致死傷罪が適用されていましたが、自動車運転は通常の業務行為よりも他人に危害を与える可能性が高く、より重く処罰すべきであるとされ、平成19年の刑法改正において、法定刑を「7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」とする自動車運転過失致死傷罪が刑法第211条の2に新設されました。
その後、自動車運転過失致死傷罪は、平成25年に自動車運転処罰法第5条に過失運転致死傷罪として移管され、刑法第211条の2は削除されました。
自動車運転処罰法は刑法の特別法になりますので、自動車による人身事故にはまず、自動車運転処罰法が適用されることになります。
なお、同法は、自動車の「運転」に起因する行為を処罰対象としていますので、自動車に関連する事故であっても、「運転」に起因しないものは、 業務上過失致死傷罪の処罰対象となり得ます。
業務上過失傷害罪の事例
最高裁昭和33年4月18日判決
娯楽のために狩猟を行っていた際に、誤って人を負傷させてしまった事案において、原判決は娯楽のために行う者の狩猟行為は刑法第211条にいう業務に当たらないと判断して業務上過失傷害罪の成立を否定したものの、最高裁は、「銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼす虞のある行為を、免許を受けて反復継続してなすときは、たとえその目的が娯楽のためであっても、なおこれを刑法211条にいわゆる業務と認むべきものといわなければならない。」として、原判決を破棄し、事件を高裁に差し戻した。
最高裁平成2年11月16日決定
ホテルで火災が発生し、宿泊客ら45名が死亡し、22名が負傷した火災事故において、当該ホテルの経営管理業務を統括掌理する最高の権限を有し、建物に対する防火防災の管理業務を遂行すべき立場にあった者には、防火戸・防火区画を設置すると共に、消防計画を作成してこれに基づく避難誘導訓練を実施すべき注意義務を怠った過失があるとして、業務上過失致死傷罪が成立するとされた。
業務上過失傷害罪で逮捕されたら
業務上過失傷害罪の成立要件は前述したとおりですが、業務上の過失があったかどうか、すなわち、業務上の注意義務の懈怠があったか、また、それが傷害結果の原因になっているかという判断は事案によっては難しく、同じ法律家同士でも考え方が分かれ得ます。
したがって、業務上過失傷害罪の成立を争いたいのであれば、弁護士に相談し、場合によっては弁護士に依頼して、検察官や裁判官に対してこの犯罪が成立しないことを説得的に論述してもらうのがよいでしょう。
特に、業務上過失傷害罪で逮捕された場合には、短い時間の中で、その成立要件を満たすのかが検察官によって判断され、起訴・不起訴が決められてしまいます。本当は要件を満たさないようなケースでも、取調べの中で誘導され、知らぬ間に要件を満たすような内容の供述調書を作られてしまうかもしれません。
このような事態を避けるためには、逮捕後いち早く弁護士をつけ、弁護士に事件の詳細を話した上で取調べでの対応の仕方につきアドバイスをもらい、また、必要に応じて検察官に対して意見書を書いてもらうのが有用です。
業務上過失傷害罪の成立を争わない場合であっても、被害者と示談をすることにより、不起訴を狙うことが可能です。特に逮捕され勾留されることになった場合には、被害者との示談交渉に許された時間が限られてきますので、業務上過失傷害罪の成立を争わない場合にも、早期に弁護士をつけるのがよいでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。故意に他人を負傷させるつもりはなかったとしても、自分の不注意で他人が負傷した場合には罪に問われる可能性があります。
特に業務上の不注意が原因となった場合には、業務上過失傷害罪という重い罪に問われてしまう可能性がありますので、十分に気を付けましょう。
また、会社で従業員や客が怪我をした場合には、責任者が監督責任を問われる可能性があります。この場合、責任者は業務上過失傷害罪に問われる可能性があるのみならず、民事上の責任を追及される可能性や施設によっては行政からの監査等が入る可能性があります。
ですので、社内で事故が起こった場合には、まず弁護士に相談するようにしましょう。