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殺人未遂とは?|内容や量刑について詳しく解説します
ニュースで殺人未遂という言葉を聞くと,殺人未遂は重罪であり,長い間刑務所で服役する必要があると考える人が多いのではないでしょうか。確かに,殺人未遂の中には,手口が悪質・凶悪であり,懲役刑が重くなる犯罪もあります。
しかし,殺人未遂と言っても,凶悪なものから考慮されるべき事情があるものまで様々な態様があり,殺人未遂に問われた場合には,自らのケースの特徴等を理解した上で,適切な対応をする必要があります。
そこで,殺人未遂の内容や刑期について詳しく解説します。
殺人未遂とは?
殺人未遂は,簡単にいえば,人を殺すつもりで殺そうとしたが死に至らなかった場合に成立します。
具体的には,殺すつもりで相手の腹部に包丁を突き刺したが,重傷を負ったにすぎず,死に至らなかった場合が挙げられます。
また,殺人未遂の刑期は,死刑または無期もしくは5年以上の懲役となっており,類型的に重罪であるといえますが,未遂罪においては刑法第43条前段により,任意的に刑が減軽されることがあるため,5年未満の懲役になる可能性があります。
刑法では以下のように規定されています。
刑法第199条
「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」
刑法第203条
「第199条(省略)の罪の未遂は、罰する。」
刑法第43条
「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。但し、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。」
刑法第199条及び203条は,殺人未遂を罰する規定となっています。また,刑法第43条は,犯罪が未遂となる場合一般を規定しています。
殺人未遂の成立要件
殺人未遂が成立するためには,簡単にいえば,殺意があること及び人が死亡する危険性がある態様の行為を行うことが必要となります。
殺意について
殺意とは,文字通り,殺害する意図をいい,様々な要素を考慮して判断されることになります。殺意には,殺害する意図だけでなく,死んでも構わないという程度の意図であった場合も含みます。
具体的には,四肢以外の身体部分に対する攻撃であるか(四肢以外の身体部分に対する攻撃は,死亡する危険性が非常に高いといえるため。),四肢以外の身体部分に対する攻撃であることを認識しているか,攻撃の態様が執拗であるか,行為後に被害者を置き去りにしているか,等を総合して判断されます。
なお,殺意が認められない場合でも,別途傷害罪等が成立する可能性が有ります。
人が死亡する危険性がある行為とは
具体的には,刃物で人の身体を刺した場合や人の頭部を鈍器で執拗に殴打する場合をいいます。
殺意が認められる場合であっても,およそ人が死亡する危険性が認められない態様の行為には,殺人未遂は成立せず,傷害罪等が成立するにとどまります。
殺人未遂の量刑(刑罰・刑期)の相場
執行猶予とは
刑の全部の執行猶予とは,刑法第25条で,以下のように規定されています。
刑法第25条第1項 柱書き
「次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。」
つまり,懲役刑の場合には,3年以下の懲役刑を宣告される場合でなければ,執行猶予付きの判決を得ることができません。
殺人未遂の刑罰・刑期
殺人未遂の刑罰・刑期は,上述のように,死刑または無期もしくは5年以上の懲役となっているため,執行猶予付き判決を得ることができないように見えます。
しかし,未遂罪においては刑法第43条前段により,任意的に刑が減軽されることがあることから,殺人未遂の場合にも,刑が減軽されることにより執行猶予が付く可能性があります(刑法第68条,法律上の減軽)。
また,情状により,酌量減軽がなされる可能性もあります(刑法第66条,酌量減軽)。
殺人未遂の刑罰・刑期の相場
平成27年に地方裁判所の裁判手続に付された殺人未遂の総数は122件であり,43件は執行猶予付きの判決となっています。
つまり,3分の1以上は,法律上の減軽や酌量減軽がなされているといえるため,事情によっては執行猶予付き判決を得る可能性も十分に考えられます。
刑期ついて,平成20年4月1日から平成24年3月31日までの第一審判決宣告分によると,殺人未遂の分布は以下のようになっています。
3年以下の懲役(執行猶予付):裁判官裁判104件,裁判員裁判112件
3年以下の懲役(実刑):裁判官裁判24件,裁判員裁判26件
5年以下の懲役:裁判官裁判87件,裁判員裁判61件
7年以下の懲役:裁判官裁判64件,裁判員裁判71件
9年以下の懲役:裁判官裁判24件,裁判員裁判30件
11年以下の懲役:裁判官裁判20件,裁判員裁判12件
13年以下の懲役:裁判官裁判8件,裁判員裁判7件
15年以下の懲役:裁判官裁判7件,裁判員裁判8件
17年以下の懲役:裁判官裁判3件,裁判員裁判3件
19年以下の懲役:0件
21年以下の懲役:裁判官裁判1件,裁判員裁判1件
23年以下の懲役:0件
25年以下の懲役:0件
27年以下の懲役:裁判官裁判0件,裁判員裁判1件
29年以下の懲役:0件
30年以下の懲役:裁判官裁判0件,裁判員裁判1件
無期懲役:0件
死刑:0件
(http://www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/80818005.pdf)
殺人未遂の刑期は,執行猶予付判決が全体の約3分の1を占め,7年以下の懲役が全体のおよそ半数を占めています。
つまり,殺人未遂の刑期は,大半が殺人罪よりも軽い罪になり,20年以上の刑期になる可能性は低いといえます。また,無期懲役や死刑になる可能性も比較的低いといえます。
しかし,場合によっては,長期の懲役となる重罪となる可能性があるので,注意が必要です。
殺人未遂の刑罰・刑期が重い事例
裁判例
・芸能活動をしていた被害者に恋愛感情を抱くようになったが被害者に拒絶されたことに逆恨みし,被害者に対し,折りたたみ式ナイフで,頸部,胸部,背部等を多数回突き刺し,内頸静脈損傷等の他,全治不明の右頸部刺創による口輪筋力低下及び右舌下神経麻痺,出血性ショックによる左同名半盲等を負わせた事例(東京地裁立川支部判決,平成29年2月28日)。
→懲役14年6か月
・固定資産税等を滞納したことにより,市から被告人名義の預金債権の差押えを受けた上,債権回収会社から自己が居住するマンションのローンの一括返済を求める催告書を受け取ったところ,預金債権の差押えが原因であると逆恨みし,市役所庁舎を焼損して職員を焼死させようと企て,午前9時半ごろ,ポリタンク等に入ったガソリンに着火して市役所庁舎に放火した事例(神戸地判平成26年2月7日)(なお,被告人は,現住建造物等放火,公務執行妨害,建造物侵入にも問われています)。
→懲役18年
・被告人が違法な罠を山中に仕掛けて猪等を捕獲していたところ,Aから狩猟方法について注意され警察等に通報されそうになったことに憤慨し,散弾銃をAに向け,銃弾2発を発射して1発をAの左肩に命中させ,入院加療約1か月を要する銃創,左肩開放粉砕骨折,骨軟部重度欠損の傷害を負わせた事例(大分地判,平成24年12月11日)。
→懲役10年
・会社経営を巡るトラブルから,殺意をもって,持っていた柳刃包丁(刃体の長さ約23.9センチメートル)で被害者の左脇腹を一回刺し,さらに左顔面及び左頸部を数回切りつけ,全治一ヶ月を要する下行結腸損傷,腹壁損傷,顔面切創及び左頸部切創の傷害を負わせた事例(大分地判,平成22年3月24日)。
→懲役8年
・帰宅途中の被害者Aを見つけ,Aを殺害しようと決意して,自転車で背後から近づき,自転車ごと衝突してAを転倒させた上,刃物で後頭部及び背部を多数回突き刺して,入院加療約12日間を要する後頭部切創,背部切創等を負わせ,別日に,帰宅途中の被害者Bを見つけ,Bを殺害しようと決意して,刃物で後頭部を多数回突き刺し,入院加療約6週間を要する後頭部切創及び後頭骨陥没骨折等を負わせた事例(札幌地判,平成19年11月2日)。
→懲役18年
殺人未遂の刑罰・刑期が重くなる主な要素
極めて残虐な態様であること
殺意をもって,殺そうとしたときに,その行為の内容が極めて残虐である場合には,刑罰・刑期が重くなる可能性が高くなります。
具体的には,上述の芸能活動をしている被害者を執拗にナイフで刺した事件のように,何度も繰り返し刃物を突き刺し,被害者に執拗に苦しみを与える場合には,残虐な態様であるといえます。
被害の結果が大きいこと
殺人未遂の行為態様にかかわらず,被害者の負った傷害結果が重い場合には,刑罰・刑期が重くなる可能性が高くなります。
具体的には,刃物で執拗に突き刺された結果,日常生活に支障をきたす後遺症が残る場合には,被害が大きいといえます。
動機に同情できる余地がないこと
被害者により精神的肉体的苦痛等を受けていることから,やむをえず殺人未遂を行った場合には,同情の余地が認められ,酌量減軽される可能性があります。これに対し,自分勝手な動機である場合や自身の思想の実現,社会への不満といった動機の場合には,同情の余地があるとはいえず,刑罰・刑期が重くなる可能性が高いといえます。
計画性があること
事前に凶器を準備したり,被害者の動向を探ったりするなど,被害者を殺害するために念入りに計画を立てて犯行を実行した場合には,突発的な犯行に比べて悪質性が高いといえるため,刑罰・刑期が重くなる可能性があります。
殺意の程度が高いこと
加害者の殺意の程度が高い場合には,突発的な犯行に比べて悪質性が高く,同情の余地が認められない可能性が高まるため,刑罰・刑期が重くなる可能性があります。
殺人未遂の刑罰・刑期が執行猶予であった事例
・被告人は陸上自衛官として勤務していたが,先輩隊員Aからミスを繰り返すことについて重ねて指導を受けていたことに嫌気が差していたところ,Aは被告人が側にいることを知りながら,他の隊員に被告人の失態や被告人と組みたくない等話していたことに憤慨し,銃剣(刃体の長さ約16.5センチメートル)をAの後頸部目掛けて突き刺し,全治約1週間を要する頭部刺切創の傷害を負わせた事例(静岡地裁平成22年4月14日)。
→懲役3年,執行猶予4年(保護観察付き)
→動機に同情できる余地があること,示談が成立していること,初犯であることが考慮された。
・かねて交際していたAに対する鬱憤が積み重なり,とっさに殺意を抱き,Aの頚部を手で強く絞め続けたが,Aから許しを請われたこと等から犯行を中止し,加療約3週間を要する頚部絞傷,頚部・顔面鬱血性皮下出血等の傷害を負わせた事例(松山地判,平成22年2月3日)。
→懲役3年,執行猶予4年
→計画性がなく,殺意の程度が高くないこと,犯行を中止したこと,直後に捜査等に協力したこと,被害弁償金の一部を支払っていること,初犯であること等が考慮された。
殺人未遂の刑罰・刑期を減軽する主な要素
正当防衛が成立すること
正当防衛は,刑法第36条1項に以下のように規定されています。
刑法第36条1項
「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は,罰しない。」
正当防衛とは,簡単に言えば,相手の行為が自分や他人の身の危険を生じさせる可能性が高い場合に,自らの身の危険を守るため,やむを得ず行った行為のことを言います(刑法第36条1項)。
正当防衛に当たる場合には,殺人未遂として罰せられないことになるため,刑罰・刑期は観念されません。
もっとも,詳細な説明は省略しますが,正当防衛が成立すると考えて行った行為であっても,正当防衛に当たらず罪に問われるケースは十分に考えられます。
また,反撃行為がやむを得ず行った行為であると認められず,過剰防衛になるケースも十分に考えられます。
正当防衛となるかどうかの基準は明確でなく,過剰防衛との線引きは難しいため,専門的知見を有する弁護士に相談することが重要です。
中止犯が成立すること
上述した刑法第43条の後段には,以下のような規定があり,この規定に該当する場合を中止犯といいます。
刑法第43条
「(省略)ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、または免除する。」
具体的には,殺そうと思えば殺せたが,自らの意思で殺すことを思いとどまった場合,殺人未遂の中止犯が成立する可能性が有ります。
中止犯が成立すると,通常の未遂の場合と異なり,刑罰・刑期が必ず減軽または免除されることになります(必要的減軽)。
中止犯が認められるためには,事件の経緯等を客観的に示すことが重要となり,専門的知見に基づいた弁護士による主張が不可欠です。
突発的な犯行であること
突発的な犯行である場合には,計画的な犯行に比べて,悪質性が低いと考えられるため,刑罰・刑期が軽減される可能性が有ります。
被害の程度が低いこと
殺人未遂となる場合であっても,実際に生じた傷害の程度が軽微である場合には,刑罰・刑期が軽減される可能性が有ります。
動機に同情できる余地があること
動機に同情できる余地がある場合には,酌量減軽される可能性があります。
具体的には,被害者に日常的に肉体的精神的に虐待されていた場合や介護・育児疲れの場合です。
被害弁償や示談の有無
被害者に対して謝罪の言葉を述べ,被害弁償がなされている場合には,十分な反省がなされていると判断され,執行猶予とされる可能性があります。
また,示談が成立している場合も,十分な反省がなされており,被害者の処罰感情が減少しているといえるため,社会での更生が可能であり執行猶予とされる可能性があります。
初犯であること
前科前歴の有無は,刑罰・刑期に大きく影響します。
同様の犯罪を以前に行っていた場合は,社会での更生を図ることができないと判断され,刑罰・刑期が重くなる可能性が高まります。
具体的には,被害者の言動に憤慨して突発的に殺人未遂を行った者が,同様の犯罪を再び行った場合には,社会での更生が不可能であると判断される可能性が高いといえます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
殺人未遂は,適切な事案の分析及び評価の仕方等を誤ると刑期の長い懲役刑という重い処分を受けてしまうおそれが有ります。
そこで,殺人未遂で逮捕された場合には,刑罰・刑期を軽減するために,正当防衛・中止犯を主張したり,殺意が無いことを証明したり,同情の余地があることを主張したりする等,様々な主張を行う必要があり,刑事事件を専門とする弁護士の介入が不可欠です。
また,刑罰・刑期を軽減するためには,被害者に対する被害弁償や示談を成立させることが重要となります。