被疑者ノートとは|弁護活動上重要になる被疑者ノートについて弁護士が解説|刑事事件の中村国際刑事法律事務所

被疑者ノートとは|弁護活動上重要になる被疑者ノートについて弁護士が解説

刑事弁護コラム 被疑者ノートとは|弁護活動上重要になる被疑者ノートについて弁護士が解説

被疑者ノートとは|弁護活動上重要になる被疑者ノートについて弁護士が解説

 法曹三者のみならず,警察署の留置担当を経験したことのある警察官であれば,誰もが知っているであろう「被疑者ノート」。
 ここでは,被疑者ノートがどのような役割を担っているのか,なぜ存在しているのかについて解説します。

 本コラムは代表弁護士・中村勉が執筆いたしました。

被疑者ノートとは

 被疑者ノートとは,被疑者が取調べの状況や内容を記録するためのノートです。一般的に「被疑者ノート」と言うと,日本弁護士連合会が発行しているものを指します。多くの場合,逮捕・勾留された被疑者に対して,その弁護人が差し入れます。
 被疑者ノートには,身体拘束と刑事手続の流れの説明や取調べに向けての一般的なアドバイスも記載されていますので,被疑者の逮捕直後の初回接見を担当する弁護士が,その後受任するかどうかに関わらず差し入れるケースもよくあります。というのも,被疑者が逮捕されると,逮捕当日から長時間取調べが行われることが多く,被疑者は今後の流れが分からないまま捜査官の取調べに応じ,促されるがまま様々な書類に署名押印してしまいがちだからです。
 取調べにどう応じるか,供述調書に署名押印するか,といった事項は,その後の事件の帰趨を左右しますので,逮捕された方にはなるべく早い段階で,被疑者に保障されている黙秘権や供述調書に関する署名押印拒否権,増減変更申立権等を説明し,かつ,正確に理解してもらうことが重要なのです。

 特に,日本においては,米国等と異なり,捜査機関による取調べに弁護士の立会いが認められていません。そのため,取調べの様子というのはその場にいる捜査官と被疑者にしか分からず,しかも,捜査官と被疑者ですと,捜査官の方が一般的に信頼され,強い立場にいますので,捜査官は堂々と強引な取調べをしがちです。
 捜査官が被疑者に対して言ってほしいことを誘導ないし誤導し,また,威迫して事実でないことを認めさせるということも残念ながら多く行われており,これによって被疑者の上記権利が侵害されるどころか,場合によっては冤罪を生むという事態にまで発展することもあります。
 最近では,このような問題に対処するため,取調べの可視化をすべきとの観点から,取調べの録音録画について議論されるようになり,裁判員裁判対象事件及び検察の独自捜査事件について,逮捕・勾留下の被疑者の取調べの開始から終了に至るまでの全過程の録音・録画が2019年6月から義務付けられましたが,全事件における取調べの全過程の録音・録画の実施までにはまだまだ長い道のりがあります。
 そしてその間,取調べに弁護士の立会いを認めない法制が続く以上,取調べの密行性からもたらされる上記問題点もなお続いていくことが予想されます。このような現実があるからこそ,被疑者ノートが非常に重要な役割を果たします。
 取調べ後,記憶の新しいうちに,被疑者ノートに取調べにおける捜査官の発言等の取調べの状況を記録してもらい,これを弁護人との接見の時に接見室に持参してもらって,取調べに違法な点がないかを確認します。
 なお,弁護人と被疑者は立会人なく接見ができることとされており,その接見内容については,秘密交通権として秘密性が保障されています(刑事訴訟法第39条1項)。

刑事訴訟法39条1項

 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

 被疑者ノートは,弁護人が接見の際に見ながら取調べ状況を確認したり,後日返却してもらって弁護活動に役立てたりすることを予定して記録をしてもらうものであり,被疑者と弁護人との間の意思疎通の手段の意味も持つ重要なノートです。したがって,被疑者ノートに記録されている内容も秘密交通権の保障を受けるものであり,留置担当者や捜査官が見たいと言っても見せる義務はありませんし,見せるべきでもありません。

被疑者ノートの入手方法

 被疑者ノートは,誰でも無料で日弁連のホームページからダウンロードすることが可能です(被疑者ノート 取調べの記録)。
 今では被疑者ノートの外国語版も多く作成されており,同じく日弁連のホームページからダウンロードが可能です(被疑者ノート外国語版)。
 逮捕前にご自身で事前に準備というのは現実的ではないので,家族や弁護士が差し入れをする必要があります。

被疑者ノートの使用方法

 被疑者ノートにはあらかじめ項目が並んでいるので,その通りに記入していけば,まず弁護士が知りたい必要な情報が記入できるようになっています。具体的には,以下の項目が並んでいます。

 ①取調日,②天候,③時間,④場所,⑤取調官の氏名,⑥取調べ事項,具体的内容,取調官の関心点,⑦取調べ方法,⑧取調べ官の態度,⑨自身の対応,⑩理解できなかったり不満がある点,⑪訂正されなかった点,⑫調書作成時のあなたの心境,⑬健康状態,⑭弁護人について話題になったか,⑮その他(雑談など)

 被疑者ノートには記載例も記されているので,参考にしながら記入すると良いでしょう。注意点としては,決して大袈裟には書かず,ありのままに書くこと,記憶が鮮明なうちに書くこと,記入日の日付(取調日とは別)を正確に記入し,その記入日以降はそのページにはなにも書き加えないようにしましょう。

被疑者ノートを利用するメリット

 被疑者ノートにも書かれていますが,以下のメリットがあります。

 ①不当な取調べがしにくい
 ②弁護人との明確な意思疎通ができる
 ③黙秘権などの権利を自覚し,今後の取調べに備えられる
 ④裁判の資料になる(取調べ状況が問題となった場合)
 ⑤厳しい取調べの中で心の支えになる

被疑者ノートにより取調べが問題となった事例

 最初に述べた通り,違法・不当な取調べというのは今でもよく行われています。以下,判例を一部ご紹介します。

名古屋地方裁判所令和2年9月29日判例

 弁護人が「弁護人との接見用」と記入して外国人被疑者に差し入れた被疑者ノートを,留置担当官が複数回にわたり中身を確認し,取調べ内容を英語でメモすることを禁止しました。そして,英語による記載部分を破棄させ,又は日本語のローマ字表記に転記させた上で英語による記載部分を黒塗りさせたという事案です。
 被疑者ノートに対する刑事収容施設法212条1項の検査は,原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるもので,特段の事情がない限り,内容の検査を行うことは国家賠償法1条1項の適用上違法となるとして,国家賠償請求が一部認容となりました。

 弊所で扱った否認事件においても,捜査官が被疑者ノートの内容を覗き見た事例において,捜査全体が違法性を帯び,不起訴処分となったものがあります。この件では,弊所の依頼者が捜査官の風貌の悪口を被疑者ノートに書いたところ,当該捜査官が怒って取調べでそれを口にしたことから,捜査官が被疑者ノートの内容を覗き見たことが発覚しました。
 被疑者ノートは,取調べ状況や内容を被疑者に記録してもらうためのノートではありますが,被疑者ノート自体が秘密交通権の保障を受ける重要な存在であることから,このように,被疑者の終局処分に良い意味で影響を及ぼすこともあるのです。

まとめ

 いかがでしたでしょうか。被疑者ノートの重要性について,おわかりいただけましたでしょうか。
 最近では,被疑者ノートには記録しきれないということで,別途普通の市販のノートに取調べの状況や内容の記録をしてもらうこともあります。このような場合にも,当該ノートを被疑者ノートとして使う旨を差入れの際,留置担当官に申し入れると,日弁連発行の被疑者ノートと同様に扱われ,秘密交通権の保障を受ける運用が浸透してきています。

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