今回は、酩酊と刑事責任について代表弁護士・中村勉が解説します。
酔って覚えていないとの主張について
新型コロナウイルスの感染拡大により、ここ数年ほど緊急事態宣言やまん延防止措置が繰り返し出され、飲み会の自粛ムードが長く続いていましたが、ここ最近はこのような飲み会の自粛を余儀なくされる措置はとられておらず、少しずつ再開されていくことが予想されます。
それに伴い、減少傾向にあった飲酒に伴う犯罪もまた、少しずつ増加していくことが予想されます。
検事を経験し、刑事弁護士としても多くの事件を扱っていると、酒に酔って事件を起こして逮捕され、翌朝送検されてくる被疑者には「酔っていて事件のことは全く覚えてない」と主張する人は実に多いです。
お酒の失敗は長い人生の中で一度は誰でもやってしまうものですが、その失敗が刑事事件となるとことは重大です。そして、「酔っていたので覚えてない、だから無罪放免して欲しい」という主張はなかなか通るものではありません。
酩酊状態での犯罪行為
まずは、酩酊状態で発生しやすい犯罪について見ていきましょう。
傷害罪・暴行罪
おそらく真っ先に思い浮かぶのは、傷害罪(刑法204条)や暴行罪(刑法208条)ではないでしょうか。酔っ払いが喧嘩した、わけもわからず通行人を殴った、などという事件は、実際にたくさんあります。
こうした事件で、暴行を加えただけにとどまり、被害者にけがをさせなければ暴行罪で処理されますが、被害者に診断書が作れるようなけがをさせてしまうと法定刑の重い傷害罪で処理されます。
器物損壊罪・建造物損壊罪
人に暴行を加えるのではなく、物を壊してしまう事件もたくさんあります。この場合、器物損壊罪(刑法261条)が成立しえます。建造物を壊してしまった場合は、法定刑の重い建造物損壊罪(刑法260条)が成立し得ます。
ただし、これらは故意犯であり、過失犯ではありません。したがって、壊すつもりはなかったのに誤って被害品を壊してしまった場合には成立しません。
たとえば、飲み会の席でグラスを床に落としてしまい、割ってしまったようなケースや、酔っぱらってふらついていたところ、看板にぶつかり、看板を壊してしまったようなケースでは、器物損壊罪は成立しません。
準強制わいせつ罪・準強制性交等罪
飲み会が合コンやデートの場合、準強制わいせつ罪(刑法178条1項)や準強制性交等罪(同条2項)も問題になるケースがよく見られます。これは被害者が酩酊して抗拒不能、つまり抵抗することが不可能か著しく困難な状況であることに乗じて、わいせつ行為やさらに進んで性交等した場合に、強制わいせつ罪・強制性交等罪と同様の法定刑により、処罰され得るという犯罪です。
覚えていなくても逮捕されるか
飲酒酩酊状態で犯罪を行った場合、加害者本人でも犯罪を行ったことを覚えていないことがあります。
しかし、加害者は覚えていなくても被害者が覚えていれば、被害届を出され、後日逮捕される可能性は十分にあります。また、器物損壊罪や建造物損壊罪のように被害者が犯行現場にいない可能性のある犯罪でも、防犯カメラに犯行の様子などが映っていれば、逮捕される可能性は十分にあります。
こうして後日逮捕状により逮捕された場合、信用できる被害者供述や防犯カメラなどの強い証拠が残っているからこそ逮捕状が出ているため、「覚えていない」との弁解だけで釈放や不起訴は期待できません。
酩酊状態の責任能力
一方で、自分が何をしたのか一部始終を全く覚えていないような強い酩酊状態の場合、責任能力に問題が生じ、不起訴や無罪となることもあります。酩酊状態の責任能力について、解説していきましょう。
責任能力とは、ある行為が犯罪とみなされるために備えなければならない要素の1つであり、これが失われている場合は心神喪失となり、処罰できず(刑法39条1項)、また、著しく減退している場合は心神耗弱となり、必要的減軽となります(同条2項)。統合失調症やうつ病など精神障害のある加害者について問題となるケースが多いですが、飲酒酩酊状態のように一時的に心神喪失・心神耗弱状態にある場合も不起訴・無罪・減軽があり得ます。
酩酊の分類
わが国ではアルコール関連犯罪の精神鑑定において、ビンダーの酩酊分類が一般的に使われています。ビンダーは、自験例208例の検討により、従来の単純酩酊(正常酩酊)と異常酩酊の2分法を、意識障害の視点から「単純酩酊」、「複雑酩酊」、「病的酩酊」の3分法に改変しています。
以下、それぞれについて詳細を解説します。
単純酩酊
平均的な正常範囲の酩酊です。生気的な興奮はそれほど強くなく、人格への侵襲が軽く、自己制御可能で見当識も保たれ、著しい健忘も残しません。平素の人格と親和的で一般的に多幸的です。麻痺期に達した後に興奮期が再現することもありません。幻覚や妄想も認められません。原則として重大な犯罪は遂行されません。
単純酩酊の場合、現行基準では、完全責任能力とされています。完全責任能力の場合は、心神喪失でも心神耗弱でもありません。
複雑酩酊
いわゆる悪酔です。生気的興奮が激しく、そして長く続き、麻痺期に入ってからも興奮が再燃することがあります。外的態度は乱れ、平素の人格と異質的な粗暴な行動が現れやすいですが、状況に対する見当識は比較的保たれ、外界に対する態度もほぼ適切で周囲からみて了解可能です。行動は短絡的で暴力的、情動の放散が特徴的です。気分は刺激的ですが幻覚や妄想はなく、広汎な記憶欠損も認められません。
複雑酩酊の場合、現行基準では、限定責任能力とされています。限定責任能力の場合は心神耗弱となります。
病的酩酊
複雑酩酊と同様、興奮に加えて見当識が著しく障害されます。質的な意識障害によって正常な思考、感情、行動の心理学的連関が断裂しているため、その行動は周囲から了解不能です。気分は苦悶様で幻覚・妄想を伴い、島状ないし全健忘を残します。
病的酩酊の場合、現行基準では、責任無能力とされています。責任無能力の場合、心神喪失となります。
参考文献: 松下正明総編集「司法精神医学2 刑事事件と精神鑑定」中山書店
酔っ払って起こしてしまった事件の弁護活動
それでは、具体的に酔っ払って起こしてしまった事件の弁護活動はどのようなものになるのかについて大まかに見ていきましょう。
弁護士は精神科医ではないので、正確に酩酊の分類ができるわけではありません。しかし、どこで何時頃どのような酒をどのくらいの量飲んだのか、そして、酒を飲み始めてから事件を起こし、酔いが醒めるまでの間の行動についてどのように覚えているのかなど具体的に細かく事情を聴取していけば、責任能力に問題がありそうな事案かどうか、つまり単純酩酊にとどまるのかどうかはある程度の見当はつきます。
もし、複雑酩酊や病的酩酊の疑いがある場合には、検察官に対して、正式な精神鑑定を行い、しっかりと責任能力を検討した上で、起訴・不起訴を決めていただきたい旨上申します。
起訴された後であっても、起訴前鑑定に疑義がある場合や、そもそも正式な精神鑑定が行われないまま起訴された場合には、やはり適式な能力と資格を備えた鑑定人による精神鑑定を裁判所に請求します。なお、裁判員裁判の場合は、公判前整理手続において鑑定の手続を行うことができる旨の明文規定があります(裁判員法50条)。
一方、単純酩酊であり、責任能力に疑いがないことが明らかであれば、無理に責任能力を争わない方がよい場合が多いと思われます。責任能力に問題があるという主張をすることは、反省していることと矛盾はしませんが、被害者からすれば、本当に反省しているのか疑問を抱かれてしまう可能性が高く、その結果、示談交渉が難しくなる可能性が高くなります。
最初から責任能力のことは口にせず、素直に謝罪の気持ちだけを述べれば、早期に示談が成立して不起訴に終わったかもしれないのに、無理やり責任能力を争ったせいで、示談交渉に失敗し、起訴され、裁判でも責任能力が認められてしまい、有罪判決を受けてしまった、というストーリーが考えられます。
責任能力を争わないにしても、「覚えていない」という弁解をすべきかどうかという問題はあり得ます。しらふであれば覚えていないことは通常あり得ないことでも、酩酊状態であれば覚えていないということはあり得るため、酩酊状態の場合は「覚えていない」という弁解をしやすくなります。
しかし、この弁解もやはり被害者からしてみれば、本当に反省しているのか疑問を抱かれてしまう可能性が高く、示談交渉が難しくなる可能性が高くなります。本当は覚えているのに、酒を飲んでいたことをいいことに「覚えていない」ことにしてしまおう、という悪知恵が働くことはありうるかもしれませんが、証拠関係から「覚えていない」との否認を続けていて不起訴になる見込みがあるのか、正直に認めた場合に示談できる可能性がどれくらい上がりそうかを総合的によく考えた方がよいように思われます。
そもそも、検察官は日々被疑者の取調べをしており、嘘を見抜くプロですから、都合の悪いところだけ「覚えていない」と嘘の否認をしても、嘘だと見抜かれる可能性が高く、嘘だと見抜かれてしまった場合には、真実を話している部分についても信用性を失う危険性もあります。
まとめ
いかがでしたでしょうか。酩酊と刑事責任については、責任能力を検討すべき事案が多々あります。
しかし、飲酒していたのをいいことに、とりあえず「覚えていない」ことにする、責任能力をダメ元で一応争っておく、という安易な主張は推奨できません。どう主張していくべきなのかについては、責任能力が問題となる弁護活動の経験が豊富な弁護士のアドバイスが重要です。早期段階でご相談ください。
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