覚せい剤や麻薬等の薬物は医療の用途で不可欠なものでもありますが、乱用すると使用者の健康を害するだけでなく、幻覚・妄想により引き起こされる殺人や交通事故など、社会的にも様々な弊害をもたらすことがあります。
薬物が違法に製造・密輸・販売されると、不正取引が助長され、薬物乱用も拡大してしまいます。また、巨額の利益を生ずる犯罪であるため、暴力団などの収入源になることからも、厳しく対処する必要性が認められています。
多くの方は薬物犯罪について、自分には関係のないことだと考えていますが、特に薬物の密輸は一般の渡航者であっても巻き込まれる危険性が高い犯罪なので、注意が必要です。
近年では、海外から日本へ荷物を運搬するアルバイトに応募し、違法薬物の運び屋になってしまうことや、滞在先の人が知らないうちにスーツケースに薬物を入れており、麻薬密輸容疑で逮捕されてしまうといった例があります。
薬物事件で問題になる行為と刑罰
法律で規制されている薬物には、覚せい剤、大麻、麻薬、あへん等があります。
では、薬物犯罪でどのような行為が禁止されているのでしょうか。またそのような行為をした場合にはどのような刑罰が予定されているのでしょうか。以下、密輸、製造、販売についてそれぞれ解説します。
密輸(輸入出)
処罰の対象となる「密輸」とは、法律で禁止された物品を国外から国内に持ち込む行為(輸入)や、国内から国外に持ち出す行為(輸出)をいいます。
たとえば、海外で購入した覚せい剤などの違法薬物を日本に持ち込む行為がこれに当たります。また、インターネットで薬物を購入し、海外から送らせる行為も処罰の対象となる「密輸」に当たります。
薬物の密輸は、所持、使用等の行為とは異なり、非常に重い刑が定められています。
所持とは、薬物を自己の支配内に置くことをいいます。自分のカバンの中に覚せい剤などの薬物を入れておく行為が所持に当たります。
使用とは、薬物をその用法に従って用いる行為をいいます。覚せい剤を自己の快楽のために加熱して吸引する行為や体内に注入する行為が使用に当たります。
所持や使用等の行為はいずれも日本国内に存在する薬物に係るものであるのに対し、密輸は日本国内にそれまで存在していなかった薬物を新たに持ち込み出現させる行為です。密輸がなければ薬物の流通や使用等の行為もありえません。このように、密輸は薬物乱用の根源をなす行為であり、これが厳しく罰することとされている理由であります。
出典:覚せい剤 犯罪捜査実務 ハンドブック
製造
薬物の製造とは、違法な薬物を化学的な手段で合成したり、加工したりする行為です。薬物の製造は、原材料の調達、化学的な反応・加工の技術など高度な知識と設備を必要としますが、製造拠点はしばしば隠れた場所に設置されるため、発見が難しいことがあります。
販売
薬物事件における「販売」とは、薬物を他人に対して売却、譲渡、または提供する行為をいいます。
たとえそこに金銭の授受がなくても、無償で薬物を相手方に提供した場合も薬物を「販売」したとみなされることもあります。また、薬物の販売については、薬物取締法(麻薬及び向精神薬取締法)により厳しく罰せられます。
密輸・製造・販売の刑罰
薬物犯罪には、薬物ごとに法規制が定められています。また、下記のようにいずれの薬物において営利目的の際は罪が重たくなります。また、未遂も罰せられます。
覚せい剤取締法違反
覚せい剤をみだりに輸出・輸入した場合には、10年以下の懲役刑が下されます(同法41条の2第1項)。覚せい剤を営利目的で輸出・輸入・製造した場合は、無期懲役もしくは3年以上の懲役及び1000万円以下の罰金刑が下されます(同法41条2項)。
大麻に関する法律
大麻の輸出入に関与した者は「麻薬及び向精神薬取締法」において1年以上10年以下の懲役に科されます。営利目的での大麻の輸入に関与した場合は、1年以上の懲役、又は情状により500万円以下の罰金が併科されます。
大麻の栽培に関与した者は、「麻薬及び向精神薬取締法」ではなく、旧大麻取締法である、「大麻草の栽培の規制に関する法律」により、1年以上10年以下の懲役、営利目的での大麻栽培の場合は、1年以上の懲役又は情状により500万円以下の罰金が併科されます。法令が変わりますが、栽培も輸出入も同様の罰則に科されます。
令和5年以前は、輸入出及び栽培や所持等に関しても、「大麻取締法」で処罰されていましたが、令和5年12月13日に大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部の改正が成立しました。それに伴い罰則が厳しくなりました。
麻薬及び向精神薬取締法違反
ジアセチルモルヒネ等の輸出入いずれかに関与した者は1年以上の有期懲役(同法64条)に科されます。営利目的の場合には、 無期若しくは3年以上の懲役、又は情状により無期若しくは3年以上の懲役及び1000万円以下の罰金刑(同法64条2項)が科され、他の薬物と比べても非常に重い刑罰が設定されています。
ジアセチルモルヒネ等の製剤、小分け、譲渡、譲受、交付し、又は所持した者は、10年以下の懲役刑(同法64条の2)。また、営利の目的は1年以上の有期懲役に処し、又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金刑となります。
→規定に違反して、ジアセチルモルヒネ等を施用し、廃棄し、又はその施用を受けた者は、10年以下の懲役刑(同法64条の3)が定められており、営利の目的の場合は、1年以上の有期懲役に処し、又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金となります。
→向精神薬を輸出・輸出、製造、製剤、又は小分けした者は、5年以下の懲役(同法66条の3)となり、同じく営利の目的には、7年以下の懲役に処し、又は情状により7年以下の懲役及び200万円以下の罰金が科されることになります。
あへん法
あへん法では、あへんの取り扱いに対し規定されています。けしやあへんの栽培・輸出入いずれかに関与した者は1年以上10年以下の懲役刑(同法51条)が科されます。また、営利目的の場合には、1年以上の有期懲役、又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金刑(同法51条2項)が科されます。
あへん又はけしがらを所持、譲受け、譲り渡した者は、7年以下の懲役刑(同法24条の2)が科されますが、営利目的の場合には、7年以下の懲役又は情状により1年以上10年以下の懲役、又は情状により1年以上10年以下の懲役及び300万円以下の罰金刑(同法52条)が科されることになります。
他にも、あへん・けしがらの運搬、設備の提供した者は5年以下の懲役刑(同法54条の2)となりますが、この行為を手助けをしたり、仲介した者に対しても3年以下の懲役刑が科されます。
薬物の密輸や製造、販売事件の刑事事件の流れ
薬物関連の犯罪は、国内外で社会に大きな悪影響を及ぼしており、特に、薬物の密輸や製造、販売については重大な社会的問題です。そのため、捜査過程や法的手続きは非常に厳格に行われます。そこで、以下では薬物の密輸や製造、販売事件の刑事事件における、発覚の経緯や、逮捕後の流れなどを説明します。
発覚の経緯とは
薬物の密輸とは、違法な薬物を国境を越えて、ある国から別の国へ不要に運びいれる行為であり、薬物犯罪の中でも国際的な規模で行われることが多くあります。その場合、薬物の製造拠点を隠れた場所に設置するために、海外などに置き、結果的に発見が難しくなってしまうなどもあります。
そのため、密輸や製造、薬物の販売に関する取り締まりについては、国際的な協力・連携がそれぞれの捜査機関の間で行われています。
例えば、密告や通報により発覚することがあります。密輸という事情が発覚すれば重罪で長期間刑務所に入るリスクがあることからも、捜査機関から寛大な取り扱いや刑事免責を受けること(司法取引)と引き換えに情報を捜査官に提供することがあります。
その他にも、警察官による監視活動や、国際的な薬物取引の場合だと、インターポールや国際刑事警察機構(ICPO)、FBIやDEAなどが協力し、情報交換を行いながら事件を追及することがあります。
密輸・製造・販売で逮捕されたら
薬物の密輸や製造、販売に関与したため逮捕された場合、その後警察署での取り調べを受けます。取調べの結果、証拠が十分であると判断された場合、次に検察庁へと送致されます。さらに、検察は送致された証拠をもとに、起訴するか不起訴とするか判断をし、起訴を決定すると裁判が始まります。
密輸・製造・販売事件で弁護士が必要な理由
薬物の密輸や製造、販売に関与していた場合は、その犯罪の重大性・厳格性から長期の懲役刑が言い渡されるなどの厳罰が科せられることがあります。
薬物の密輸や製造、販売事件に自ら関与して逮捕されてしまった方もいれば、中には友人に頼まれて知らないうちに密輸に加担してしまった、脅迫されて製造してしまったなど、さまざまな事情により関与してしまったということもあると思います。巻き込まれた場合には、少しでも刑を軽くするためや、冤罪を晴らすために弁護士が必要であるといえるでしょう。弁護士が必要な具体的な理由は主に2つあります。
1つ目は弁護士だけが身柄解放活動をすることができるということです。逮捕直後に接見ができるのは原則として弁護士のみとなります。また、検事は被疑者が逮捕されてから72時間以内に被疑者を勾留するか釈放するかの判断をし、被疑者が勾留された場合は最短で13日、最長で23日間拘束されることになります。つまり、逮捕後72時間が長期の勾留を回避できる唯一のチャンスです。さらに、弁護士の接見を通じて密行性の高い取調室での違法な取調べを阻止できる効果も期待できます。
2つ目は贖罪寄付に関して刑事事件の担当経験が豊富な弁護士に相談すべきであるということです。贖罪寄付とは、薬物事件のような被害者がいない事件や、被害者との示談ができない刑事事件の場合に、刑事事件加害者が改悛の真情を表すために被害者支援団体や弁護士会等の団体に寄付することをいいます。
一般的には①被害者がいない事件、②被害者が特定されていない事件、③被害者と示談できなかった事件の場合に贖罪寄付を検討すべきとされています。贖罪寄付のメリットとしては、反省している態度を寄付により示すことができることで、不起訴処分となる可能性が大きくなることや、量刑判断への影響がありうることが挙げられます。贖罪寄付は弁護士が行うのが一般的ですが、贖罪寄付を行ったからといって必ずしも効果が得られるとは限りません。弁護方針含め個別具体的なプランを立てる必要がありますので、刑事事件の弁護経験が豊富な弁護士に相談するのがよいでしょう。
薬物の密輸や製造、販売事件の解決実績
当事務所で扱った、薬物の密輸や製造、販売の事件を紹介します。
まとめ
犯罪行為には関わらないことが一番ですが、今の社会ではいつ、どこで関与してしまうかわかりません。薬物の密輸や製造、販売の事件で、逮捕され、起訴された場合には多くが懲役刑判決を受けることになります。
不用意に荷物を預かるなどの行為により密輸に巻き込まれないように注意深く行動すること、万が一薬物の密輸や製造、販売への関与が疑われた場合には、実績のある弁護士に直ちに相談し、冤罪を争うための方針を考えることが必要です。