サンヘドリン(Sanhedrin)という,ローマ帝国支配下のユダヤの最高法院では,全員一致で死刑の判決を下した場合には死刑を執行出来ないことになっていました。
「全員一致の死刑判決でなければ」ではなく,「全員一致の死刑判決のときには」執行できないのです。何故かというと,一人も死刑に反対しなかったということは,被告人がその裁判の中で熱心な弁護を受けられなかったことを意味するからなのです。 ここに法の本質,そして刑事弁護の精神を見ることができます。
ある者は衝動的に,また,ある者はその生立ち・境遇の結果として,罪を犯します。人間は弱いものです。誘惑に負け,一時の激情を抑えることが出来ずに罪を犯してしまいます。その刑事責任を否定することはできませんが,自ら犯した罪を悔悟し,懺悔する者に改めて慈悲の目を向けるなら,そのような悔悛の情が彼に生まれてくる土壌・素地としての彼の人生,経歴,親兄弟の愛,あるいは,彼自身のそれまでの善行や功績にも光をあてることが出来るのです。
慈悲と人情に満ちた刑事弁護こそ,私が目指すものです。
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