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ヘイトスピーチ – ヘイトスピーチの内容や刑罰を弁護士が解説

皆さんはヘイトスピーチについて考えたことがあるでしょうか。政治、宗教、人種、思想等に関して、自らの主張をしながら、街中を街宣する右翼の街宣車を見る機会もあると思います。

現在日本には192万人を超える在留外国人が存在しており、歴史的な理由等から彼らに向けられたヘイトスピーチが多く見られます。今回は、ヘイトスピーチとは何か、そしてそれが今どのような刑罰に当たるのかを考えていきましょう。

ヘイトスピーチの意味や定義

先程述べたような街宣活動の中でも特に、過激な表現を用いて特定の集団に対して攻撃的な発言をすることをヘイトスピーチと言います。その内容は、人種や民族、宗教等に関して差別する内容が多く、近年、日本では社会問題化されています。
平成28年に施行されたヘイトスピーチ解消法第2条の中で以下のように説明されています。

ヘイトスピーチ解消法 第2条
この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国もしくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉、若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮辱するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する(人をあおり立てて、ある行動を起こすようにしむけること)不当な差別的言動をいう。

なお、アイヌを含むか等、本邦外出身者という言葉については幾分か議論があります。

ヘイトスピーチにより考えられる刑罰

冒頭で説明したヘイトスピーチ解消法では、ヘイトスピーチについての基本理念、国及び地方公共団体の責務、相談体制の整備、教育の充実等、啓発活動等、が定められています。しかしながら、「不当な差別的言動に係る取組については、この法律の施行後における本邦外出身者に対する不当な差別的言動の実態等などを勘案し、必要に応じ、検討が加えられる」という附則が付け加えられているにとどまり、ヘイトスピーチに対する罰則は定められていません。つまり、この法律はヘイトスピーチを禁止したり、ヘイトスピーチに対して罰則を定めたりするものではありません。

そのため、現行の法律で、ヘイトスピーチを取り締まるには侮辱罪や、名誉毀損罪等を適用するしかないのです(街宣活動のやり方によっては、威力業務妨害罪が適用される)。刑法では、一般的にヘイトスピーチとされる特定人物や特定団体に対する偏見に基づく差別的言動は信用毀損罪、名誉毀損罪、侮辱罪などの対象であり、特定人物、特定団体ではなく、ある集団一般(民族・国籍・宗教・性的指向等)を漠然と対象にするものについては、名誉毀損罪や侮辱罪には該当しないものの、差別的言動の被害が具体的になれば、事例によっては脅迫罪や業務妨害罪の対象となります。例えば、課される可能性のあるとされる主な刑罰の内容は以下のようなものです。

刑法第233条
信用毀損及び業務妨害…虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
刑法第230条1項
名誉毀損…公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
刑法第231条
侮辱…事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
刑法第222条 第1項
脅迫…生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

過去に生じたヘイトスピーチと判決例

実際に起きたヘイトスピーチとそれに対する判決の具体的な例を見ていきましょう。

事例1

いわゆる京都朝鮮学校公園占有抗議事件。在特会(在日特権を許さない市民の会)の会員らは2009年12月~2010年3月、当時京都市南区にあった同校周辺で、「キムチ臭いで」「保健所で処分しろ、犬の方が賢い」「朝鮮半島へ帰れ」などと3回にわたり拡声器等を使って怒号をあげ、演説した。これに対して朝鮮学校側が名誉毀損にあたるとして損害賠償を求めた事件です。

一審判決は演説内容が日本も加盟する人種差別撤廃条約に照らして「人種差別」にあたると判断。京都地方裁判所の橋詰均裁判長は、「条約の責務に基づき、人種差別行為に対する効果的な救済措置となるような額にすべきだ」「団体の街宣活動で、子供たちや教職員は恐怖を感じ、平穏な授業を妨害された。街宣活動は著しく侮蔑的、差別的な発言を伴うもので人種差別撤廃条約で禁止された人種差別である」として、「朝鮮学校が近くの公園を無許可で使用していたことへの抗議活動で『表現の自由』にあたる」と主張してきた在特会に、1200万円あまりの支払いと学校周辺での街宣活動の禁止などを命じ、抗議街宣を行ったうちの者に侮辱罪、器物損壊罪の成立を認め、有罪としました。
→侮辱罪・器物損壊破損罪

事例2

2013年5月から川崎駅前を中心に男性がヘイトデモを繰り返し、2015年11月、翌年1月の2回は在日韓国人への集住地域である桜本地区を標的に行い、「一人残らず日本から出て行くまで、じわじわと真綿で首を絞めてやる」などと発言し、同月5日にも新たなデモを予告していた。

これに対する裁判所の決定では、在日コリアンをはじめとする在日外国人が抱く民族やルーツについての感情や信念が「人格の礎をなし、個人の尊厳の最も根源的なもの」とした上で、ヘイトスピーチ解消法や人種差別撤廃条約に照らし、民族やルーツの違いをもって攻撃するヘイトスピーチを「平穏に生活する人格権に対する違法な侵害行為」と認定。被害者の運営する施設に在日コリアンの利用者が多くいることから、施設にヘイトデモの差し止めを求める権利を認めた。また、人格権を侵害するヘイトデモが「憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかで、権利の乱用」と指摘。事後的な権利の回復が著しく困難であるという観点から妨害予防請求権も認めた。
→ヘイトデモ禁止命令仮処分

事例3

在特会桜井元会長は2013~2014年、神戸市内の街頭宣伝で取材に来ていたAさんに対し「朝鮮人のババア」「反日記者」と攻撃したのをはじめ、ネット上でAさんの容姿や人格を貶める発言を繰り返した。原告側はこれらのヘイトスピーチが人種差別撤廃条約や女性差別撤廃条約に抵触する人権侵害であると訴えた。

一審判決は人種差別撤廃条約の趣旨に反するとしたものの女性差別には触れなかった。高裁判決は「名誉毀損や侮辱は原告が女性であることに着目し、容姿などを貶める表現を用いており、女性差別との複合差別に当たる」と述べた。
→名誉棄損・侮辱罪

事例4

2019年1月、インターネット上でのヘイトスピーチに初の刑事罰が下されました。裁判所は匿名のブログで15歳の少年の実名を晒して、在日韓国・朝鮮人への差別的な投稿をした人物を侮辱罪で処罰しました。匿名のブログには、在日韓国・朝鮮人に向けた差別を煽る言葉が書かれ、15歳の少年の実名をあげて激しく攻撃するものもありました。

弁護士によると、被害者は以前実名で取材に応じた際に人種差別に対する反対意見を述べたとのことです。少年はブログを見た時恐怖を感じ、自分が周りからどう思われているのか、一生きえないのではないか、という不安を抱えたとのことでした。そして川崎簡易裁判所は、先月、書き込みは少年に対する“侮辱行為”にあたると認め、科料9000円の略式命令を出しました。
→侮辱罪

ヘイトスピーチへの対策

国内外の治安情勢を分析した2014年版の「治安の回顧と展望」の中で警察庁が、「極端な民族主義・排外主義的主張に基づき活動する右派系市民グループ」の一つとして在特会を初めて名指しし、「違法行為の発生が懸念される」と指摘しているように、ヘイトスピーチはより拡大し、過激化している様相を見せています。

これに対して、多くの地方議会では国による法規制などを求める意見書の採択が行われています。また、国連の人種差別撤廃委員会からは、2001年、2010年、2014年と3回にわたって、繰り返し日本政府への勧告が発せられています。同年7月の自由権規約委員会による最終見解では、日本政府に対し、「人種主義的攻撃を防止し、容疑者が徹底的に捜査され、起訴され、有罪判決 を受けた場合には適切な制裁により処罰されることを確保するためのあらゆる必要な措置をとるべきである」とされ、同年8月の人種差別撤廃委員会による最終見解では、「(a)集会における憎悪及び人種主義の表明並びに人種主義的暴力と憎悪の煽動に断固として取り組むこと、(b)インターネットを含むメディアにおけるヘイトスピーチと戦うための適切な手段をとること、(c)そうした行動に責任のある民間の個人及び団体を捜査し、適切な場合には起訴すること、(d)ヘイトスピーチ及び憎悪煽動を流布する公人及び政治家に対する適切な制裁を追求すること」を勧告しています。

国内的にも国際的にも、ヘイトスピーチへの何らかの法規制を求める声は高まってきていえますが、前で述べた通り、現行のヘイトスピーチ禁止法ではヘイトスピーチに対する罰則は定められていません。ヘイトスピーチへの対策として、ヘイトスピーチが違法で許されないことを明示し、人種差別を根絶して相互理解を促進させるための措置を国として執ることを宣言する基本法を制定することが必要です。

2019年1月9日、ヘイトスピーチ対策などを盛り込んだ東京都の条例に基づく初めての審査会が都庁で開かれました。
ヘイトスピーチを防ぐため、どのような場合に都の施設の利用を制限できるかなどを議論しました。今年度中に施設の利用制限の基準を定める予定で、条例は4月から全面施行される予定です。この条例は、「都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」で、昨年10月に成立しました。都立公園の施設やホールなどの利用を事前に制限できるようにしたのが特徴ですが、具体的な基準は決まっておらず、課題となっていました。

審査会は大学教授や弁護士の計5人で構成されています。都はヘイトスピーチが行われる可能性が高く、さらに施設の安全管理に支障が生じることが予想される場合、施設利用の不許可や許可の取り消しができるといった基準案を提示しました。委員からは、表現の自由を縛らないよう、都の案に基づく厳格な運用を支持する意見があがりました。

一方で、ヘイトスピーチの防止により重点を置き、施設の安全性については要件から外したうえで、差別的な発言が出る可能性の大きさをもとに利用制限を判断するべきだとの声もありました。ヘイトスピーチが行われることを事前に把握することの難しさについても意見が交わされ、実際の運用でも課題となりそうです。都は都民の意見も募集したうえで、基準を定める予定です。

このように、国内外のヘイトスピーチに対する関心の中で、日本は様々な対策を検討しています。しかし、こうしたヘイトスピーチ規制法については、表現の自由に対する干渉に使われるのではないかという懸念も根強くあります。実際、ヘイトスピーチに関する自民党の会合の中で、ある議員による、国会周辺で当時広がり続けていたデモをも規制しようとするかのような発言もありました。様々な見方がある中で、ヘイトスピーチにどのように対処していくか、日本にとって難しい問題です。

もしヘイトスピーチを行ってしまった場合

これまで述べてきたように、ヘイトスピーチを行った場合、侮辱罪、名誉毀損罪、信用毀損罪、威力業務妨害罪に問われる可能性があります。侮辱事件、名誉毀損事件の大きな特徴として、親告罪であることが挙げられます。親告罪は、被害者の告訴がなければ、起訴することができない犯罪です。名誉棄損事件・侮辱事件においては、弁護士を通じて被害者に謝罪や被害弁償を行い、示談交渉をすることが事件の早期解決につながります。

被害者との示談の中で、告訴の取下げを行うことができれば、検察官は、名誉棄損事件・侮辱事件を、刑事事件として裁判所に起訴することはできません。そのため不起訴処分となります。不起訴処分であれば、前科もつきませんし、逮捕・勾留されている場合には釈放されます。名誉棄損事件・侮辱事件において、示談交渉は、示談交渉に強い弁護士へ依頼してください。

容疑者本人やその家族等は、直接被害者と示談交渉をするため接触することは避けるべきです。被害者への接触が、捜査機関に証拠隠滅にあたると疑われてしまう場合もあるためです。

まとめ

インターネットの普及などにより、私達も軽い気持ちでヘイトスピーチを行ってしまう危険性が常にあります。ヘイトスピーチをすると刑罰に問われ、相手を傷つけるだけでなく、自分が刑罰に問われて苦しみ、周りの人にも迷惑をかけることになります。

そのようなことにならないよう、ヘイトスピーチの重さを理解し、本邦外出身者やその子孫の立場や気持ちを理解するように努めて言動に気を付ける必要があります。

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