弾劾裁判の手続きを弁護士が解説|刑事事件の中村国際刑事法律事務所

弾劾裁判の手続きを弁護士が解説

刑事弁護コラム 弾劾裁判の手続きを弁護士が解説

弾劾裁判の手続きについて弁護士が解説

 SNSに不適切な投稿をしたとして,裁判官に対する弾劾裁判の審理がなされたという報道がありました。
 裁判官については,「心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は,行政機関がこれを行ふことはできない」(日本国憲法78条),「下級裁判所の裁判官は,すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は,在任中,これを減額することができない」(日本国憲法80条2項)と憲法上定められており,執務不能を理由とする罷免と公の弾劾による罷免のほかは罷免が認められないなどの手厚い身分保障がなされています。
 裁判官に手厚い身分保障が認められているのは,裁判官は担当する事件の裁判においてそれを規律する法規範以外の何ものにも拘束されず,他者からの具体的な命令や干渉・圧迫を受けずに職権を行使することになりますが(日本国憲法76条3項,裁判官の独立),裁判官の身分が不安定では政権や政治団体の顔色をうかがいながら職務遂行に当たってしまうおそれがあり,裁判官の独立は望めないからです。
 裁判官の職権の独立を確保するためには,裁判官の身分保障が不可欠なのです。

 裁判官の罷免が認められる一つは「心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合」で,裁判官分限法の定める分限裁判の手続によって決定されます。
 裁判官の罷免が認められるもう一つは「公の弾劾」による場合です。これは,弾劾裁判と呼ばれ,衆参両議院の国会議員で構成される弾劾裁判所によって行われます(日本国憲法64条,国会法16章,裁判官弾劾法)。今回は,弾劾裁判について解説します。

 本コラムは弁護士・山口亮輔が執筆いたしました。

弾劾裁判は裁判官を罷免する(辞めさせる)手続

 裁判所は,「法の番人」と呼ばれることもあり,ときには国や地方公共団体の違法行為を認めて賠償や行政処分の取消を命じるなどして国民の権利を擁護しています。このようにして裁判所は国民の権利を擁護する最後の砦として機能していますが,裁判所が国民の権利を擁護する最後の砦として機能するためには,裁判官自身が国民から信頼されていることが不可欠であり,裁判官が国民の信頼を裏切る行為をした場合には,辞めさせることが必要となります。
 このようにして国民の信頼を裏切る行為をした裁判官を辞めさせる手続を弾劾裁判といい,日本国憲法64条,78条のほか,国会法,裁判官弾劾法などの法律で定められています。

弾劾裁判で裁判官を罷免できる事由

 弾劾裁判において裁判官を罷免できる事由は,①職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠つたとき(裁判官弾劾法2条1号)又は②職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき(同条2号)とされています(以下,「罷免事由」といいます)。
 現在までに,10人の裁判官に対する弾劾裁判が開かれ,7人の裁判官については罷免の判決が宣告されています(そのうち1件については現在裁判中です)。
 罷免の判決がなされると,裁判官は裁判官としての資格を失い(裁判官弾劾法37条),控訴・上告などの不服申立てもできません。
 また,罷免の宣告を受けた裁判官は,資格回復の裁判を受けなければ,検察官や弁護士にもなることができなくなる厳しい効果が生じます(検察庁法20条2号,弁護士法7条2号)。

弾劾裁判の手続の流れ

 裁判官を罷免する場合には,弾劾裁判所が自ら罷免事由を調査して裁判を開始するものではなく,①裁判官訴追委員会による罷免の訴追,②弾劾裁判所による弾劾裁判という手続を踏むことになります。(参考: 裁判官訴追委員会HP弾劾裁判所HP)

1. 罷免の訴追

(1)訴追の請求

 裁判官について,罷免事由があると思料される裁判官については,国会が設置し,衆参各議院の国会議員からそれぞれ10人ずつ選出された裁判官訴追委員会が,罷免事由の存否,罷免訴追の要否を調査・審議します。
 罷免事由があると思料される場合には,国民は誰でも裁判官訴追委員会に対して訴追請求状を提出して訴追の請求をすることができます(裁判官弾劾法15条1項)。
 また,裁判官が勤務する裁判所の地方裁判所長,家庭裁判所長,高等裁判所長官は,最高裁判所に対してその裁判官に罷免事由があると思料される旨を報告しなければならず(裁判官弾劾法15条2項),最高裁判所は裁判官に罷免事由があると思料される場合には,裁判官訴追委員会に対して訴追の請求をする義務があります(裁判官弾劾法15条3項)。
 また,裁判官訴追委員会は報道機関や職務遂行の過程などで裁判官について罷免事由があると思料される場合には,職権で罷免事由の存否,罷免訴追の要否を調査・審議することができます。

(2)裁判官訴追委員会による調査・審議

 裁判官訴追委員会は,訴追の請求を受理し又は職権によって罷免事由があると思料されるときは,訴追審査事案として立件し,罷免事由の存否を調査しなければなりません(裁判官弾劾法11条1項)。
 この調査手続において裁判官訴追委員会は,委員を派遣したり,他の官公庁に調査を嘱託したり,証人尋問をすることができます(裁判官弾劾法11条2項,3項,11条の2第1項)。
 裁判官訴追委員会は証人尋問などの調査を踏まえて,裁判官に罷免事由が認められるかどうかを審議し,罷免事由が認められなければ,不訴追の議決をします。
 裁判官に罷免事由が認められる場合であっても,情状により訴追の必要がないと認めるときには,裁判官訴追委員会は訴追猶予の議決をすることもできます(裁判官弾劾法13条)。これまでに7人の裁判官が訴追猶予となっていますが,昭和45年以降半世紀以上にわたって訴追猶予となった実例はありません。
 一方で,裁判官に罷免事由が認められ,訴追の必要があると認めるときは,裁判官訴追委員会は,訴追の議決をし,訴追状を弾劾裁判所に提出することで弾劾裁判の手続に移ります(裁判官弾劾法14条1項)。

(3)刑事事件との類似性

 このように,弾劾裁判の仕組みは,裁判官訴追委員会のみに訴追権限が認められている点で,刑事事件における国家訴追主義,検察官の起訴独占主義(刑事訴訟法247条)との類似性が,裁判官訴追委員会は罷免事由が認められる場合であっても情状により訴追を必要としないときは訴追猶予をすることができる点で,刑事事件における検察官の起訴便宜主義(刑事訴訟法248条)との類似性が見られます。

2.弾劾裁判

 弾劾裁判は国会が設置し,衆参各議員の国会議員からそれぞれ7人ずつ選出された弾劾裁判所裁判員によって審理されます(裁判官弾劾法16条1項)。
 弾劾裁判の手続においては,弁護人選任権(裁判官弾劾法22条),口頭弁論主義(裁判官弾劾法23条),訴追委員会の立会(裁判官弾劾法24条),対審・宣告の公開(裁判官弾劾法26条),訊問,証拠調べその他の手続について刑事訴訟に関する法令の規定が準用した厳格な手続によって行われています(裁判官弾劾法28条乃至30条)。
 このように刑事裁判に倣った厳重な手続保障が認められているのは,裁判官の罷免の裁判を慎重に行うためです。
 審理に関与した裁判員の3分の2以上多数によって罷免の裁判を宣告することができ(裁判官弾劾法31条2項但書),罷免の裁判の宣告によって裁判官は直ちに罷免され(裁判官弾劾法37条),上訴はできず,法曹資格を失います。
 裁判官は罷免後,①罷免の裁判の宣告の日から5年を経過し,相当とする事由があるとき又は②罷免の事由がないことの明確な証拠を新たに発見し,その他資格回復の裁判をすることを相当とする事由があるときには,資格回復の裁判をすることができ(裁判官弾劾法38条),これまでに罷免された7人の裁判官のうち4人については資格回復が認められています。

訴追の請求の統計は意外にも多い

 先ほども述べたように,国民は誰でも裁判官に罷免事由があると思料するときは,裁判官訴追委員会に対して訴追請求状を提出して訴追の請求をすることができます。
 裁判官訴追委員会HPによると,昭和23年から令和3年までにかけて22,801件の訴追請求を受理し,令和3年における訴追請求受理件数は482人であり,1日に1人以上の裁判官について罷免事由を調査していることになります。
 そして訴追請求人数を見ると,昭和23年から令和3年までにかけて898,572人が訴追の請求をしており,年平均は12,000人に上ります。
 しかし,罷免事由として主張された事実の半数は誤判不当・訴訟手続違反を理由とした請求であり,敗訴当事者からの濫用的請求も一定数存在するのではないかと考えられます。(出典: 裁判官訴追委員会HP)

まとめ

 近年の弾劾裁判は,盗撮や児童買春などの刑罰法規に抵触する事案であり,国民の信頼を裏切る結果となったものでしたが,報道の事件は,SNS上の私的な表現活動を対象とするものであり,表現の自由(日本国憲法21条)という憲法上の権利とも交錯するものであり,違法ではない不適切発言について罷免の判決を宣告した場合には,裁判官の独立が損なわれる可能性があり,もともと市民社会における意見表明を控えがちな裁判官がさらに委縮してしまい,ひいては国民が有益な情報に触れる機会が損なわれるといった懸念も示されています。今後の動向に注目です。

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