無過失責任とは|交通事故における無過失責任(中間責任)を弁護士が解説
普段の生活の中で「過失責任」という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。過失責任とは,過失による行為につき,その損害を賠償し,または刑罰を科せられる責任のことを言います。
また,我々の生活を支える民法の根幹となる基本原則には,所有権絶対の原則・契約自由の原則・過失責任主義があり,過失責任はその1つの考え方としても重要な役割を果たしています。
民法の考え方を言い換えると,「単に他人の行為により,損害を受けたというだけでは不十分で,加害者に故意または過失がなければ損害賠償は発生しない」ということが言えます。
これに対して,交通事故の場面では無過失責任という言葉を耳にすることがあります。今回はこの「交通事故における無過失責任」について解説したいと思います。
無過失責任の考え方
無過失責任とは,加害者に故意または過失がなくても,被害者は不法行為を理由とする損害賠償を請求できるという考え方になります。
民法は過失責任の原則を採用しているにも関わらず,なぜこのような考え方があるのでしょうか。そこで,無過失責任と呼ばれているものに,どのようなものがあるか見ていきましょう。
- 土地工作物責任(民法717条1項但書)
- 鉱害の賠償義務(鉱業法109条)
- 原子力事故の損害賠償責任(原子力損害の賠償に関する法律3条)
大気汚染防止法,水質汚濁防止法による賠償責任
こちらにあげているものは,どれも 「危険責任の原理」を基礎に捉えたものと言われています。つまり,社会生活における「特別の危険」に注目して,危険源の創造者・管理者に対して損害賠償責任を負わせている規定になります。
したがって,無過失責任とは,「特別の危険」=「科学の発展,生産手段の発展または機械や化学物質のメカニズム等の複雑化・高度化による発展段階では予想もできなかったような損害を生み出す危険」があり,過失責任だけでは被害者を救済しきれないことが起こることを想定して作られています。
また,どんな状況でもできる限り被害者を保護しようという考えに重きを置かれているものということもいえます。
無過失責任と中間責任
無過失責任の規定だと勘違いされているものに,中間責任と呼ばれているものがあります。
具体的には以下のようなものがあげられます。
- 責任無能力者の監督責任(民法714条)
- 使用者責任(民法715条)
- 土地工作物の占有者責任(民法717条1項本文)
- 動物の占有者責任(民法718条)
- 自動車運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)
上記の規定の場合は,加害者に故意または過失がなくても,被害者は損害賠償を請求できる無過失責任とは少し異なります。原則として過失責任を取りながら,立証責任の転換により,無過失を立証することが困難となることから,実質的に無過失責任と同様の結果を呈するというものです。
また,過失責任と無過失責任との中間に位置するということから,中間責任と呼ばれています。
ここで注目すべき点は,交通事故の場面で言われている無過失責任は「中間責任」であるということです。
過失責任と中間責任の立証責任
それでは,過失責任と交通事故の場面にも適用される中間責任とはどのような違いがあるのでしょうか。要するに何が一番重要で,何が変わるのか…。それは,ズバリ「どちらに立証責任があるか」 です。
例えば,皆さんが誰かに損害を与えられた場合,加害者に対して「損害賠償請求」とイメージされるのではないでしょうか。
民法 第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかし,そのまま裁判で争えば,被害者である皆さんが,加害者に過失があったとの評価を根拠づける具体的な事実を主張・立証することになります。被害を受けた側なのに立証まで…と思いますが,被害者が加害者の過失があったかどうかのリスクを負担する,これが損害賠償を請求する際のルールとなっています。
これに対して,交通事故の場面などの中間責任の規定がある場合,加害者に対して「過失」の有無を問わずまず賠償義務を認め,加害者が「過失」がなかったことを立証したときは免責させることになります。
以上のことから,通常の損害賠償請求では,被害者が加害者の過失を主張立証し,裁判にかける労力も多大なものになる一方で,中間責任の規定があった場合には,立証責任の転換がなされ,加害者自らが自身に過失がなかったことを立証します。ここに過失責任と中間責任との間に大きな違いがあるといえます。
交通事故における自賠法と立証責任
上記の通り,交通事故の場面では中間責任と呼ばれている規定が存在します。自動車をお持ちの方であれば必ず加入している自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)。こちらを定めている自動車損害賠償保障法(自賠法)の第3条がそれにあたります。
そもそも,自賠責保険とは自賠法に基づいて,車を所有する方には強制的に加入が義務付けられているものになります。
交通事故の被害者は,加害者に損害の賠償を請求する際に,相手にお金がなければ支払ってもらうことができません。そのような被害者に対して最低限の保障を確保しようとしたのがこの自賠責保険になります。
ただし,注意が必要で,自賠法が適用されるのは,傷害・死亡などの人身事故に限られます。物損事故については,民法の不法行為で請求することになります。
自賠責保険については国土交通省のサイトにあるこちらをご覧ください。
それでは,交通事故の中間責任の規定を見ていくことにしましょう。
自賠法3条では以下のように明記されています。
自動車損害賠償保障法 第3条(自動車損害賠償責任)
自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
自賠法の最大の特徴は、この3条にあるように損害賠償の責任を加害者に求め、故意または過失の立証責任を加害者に転換させたことにあります。もっとも、仮に加害者が無過失であることを立証できれば損害賠償を負わないということも可能です。
具体的には,自己及び運転者が「自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと」,「自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと」を立証する必要があります。
しかし,この条文が無過失責任(実際は中間責任となります)呼ばれていることからも,加害者が無過失を立証することは難しく,被害者が損賠賠償を取りやすくなっているのが実情になります。
さらに,自賠法では賠償責任を直接の加害者だけでなく,その車の所有者にも負わせているところに特徴があります。これにより,被害者は請求できる幅が広がることになり,損害賠償を受けやすくなっています。この場合も,この自賠法3条の中間責任が適用されることになります。
過失割合の認定
最後に,過失割合についてどのようなイメージで認定されるのかを見ていきましょう。過失割合は被害者が加入している保険会社が加害者に提示してきますが,争いになれば最終的に裁判所で決定されることになります。一般的には,過去の判例をもとに過失割合認定基準が発表され,これをもとに過失割合を算定していくことになります。
横断歩道での事故(歩行者の過失割合) 参考例
- 歩行者が青で横断開始,車が赤で横断歩道を通過・・・0%
- 歩行者が黄で横断開始,車が赤で横断歩道を通過・・・10%
- 歩行者が赤で横断開始,車が青で横断歩道を通過・・・70%
横断歩道外での歩行者の事故(歩行者の過失割合) 参考例
- 信号機が設置されていない横断歩道の直近を通過・・・30%
- 通常の道路上の横断・・・・・・・・・・・・・・・・20%
- 路上横臥(夜間)・・・・・・・・・・・・・・・・・・50%
交差点での直進車と右折車の事故 参考例
- 直進車,右折車とも青信号で侵入・・・・・直進車20%,右折車80%
- 直進車が黄色で侵入,右折車が青色で侵入し黄色で右折・・・直進車70%,右折車30%
- 直進車,右折車とも黄信号で侵入・・・・・直進車40%,右折車60%
交通事故の場合,加害者・被害者双方に過失がある場合が少なくありません。
この場合に過失の割合に応じて賠償額が相殺(民法722条2項)されることになり,この場合に問題となるのが,過失割合の認定になります。
民法722条(損害賠償の方法及び過失相殺)
1 第417条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
また,被害者に重大な過失がある場合には,自賠責保険でも減額される場合があります。
※自賠責保険の金額を超える場合,過失の程度に応じて減額
重大な過失と認定される場合の類型
- 信号を無視して横断した場合
- 道路標識で明確に横断禁止が表示している場所を横断した場合
- 泥酔などの理由で道路上で寝ていた場合 など
まとめ
今回は,交通事故における無過失責任(中間責任)について解説をしてきました。ここで押さえていただきたいポイントは下記6つです。
自賠法が中間責任を採用していることにより,人身事故の被害者の多くは最低限の保障を受けられることになっています。
もっとも,被害者による重大な過失の存在が認められると過失相殺で減額される場合もあります。
これに対して,加害者側は自賠法が中間責任を採用していることで,自身の無過失を立証できない限り損害賠償の責任を負うことになります。ドライブレコーダーだけでは無過失を立証できないかもしれませんが,相手方の重大な過失の存在を立証する際には有効な記録となります。
交通事故はいつ起こるか予測ができません。いざという時のために,自賠法3条の中間責任の性質を押さえた上で,ドライブレコーダーや保険の知識など,交通事故に備えた準備をしておくことをおすすめします。