この記事では、痴漢事件ではどのような証拠があり、それがどのように有罪認定に用いられるのかについて、逆に、無罪になる痴漢事件とはどのような証拠関係なのかについて、痴漢事件に強い元検事の代表弁護士・中村勉が解説します。
痴漢の証拠となるDNAや繊維鑑定を代表弁護士中村が解説
一見証拠に乏しい痴漢事件でも逮捕・起訴され得る
痴漢で逮捕されるのは、どのような証拠があるときでしょうか。
何を根拠に痴漢を行ったとして逮捕されるのか。冤罪も多いとされる痴漢事件ですが、多くの否認事件で、裁判所は「証拠」を認定して起訴し、有罪にします。一見して証拠が不十分で、嫌疑不十分(不起訴)か無罪になりそうな事件でも逮捕・起訴され、有罪になり得ます。
一体何故でしょうか。日本の司法の現実をある意味忠実に描写しているのは、「それでもボクはやっていない」という映画です。日本の刑事司法手続が、専門家の私から見ても忠実に再現されています。この映画では、弁護人が無罪立証に肉薄しますが、結論は有罪で、その判決理由も、いかにも現実の裁判官らしい理由付けなのです。
痴漢事件の証拠には何があるか
「証拠裁判主義」という原則があります。証拠裁判主義とは、事実認定は証拠によって行わなければならないという刑事司法の大原則です。自白だけでは有罪にできないのです。もちろん、自白ではなく否認している場合に、他に証拠がなければ有罪にできません。
では、痴漢事件の自白以外の証拠とは何でしょうか。最大の証拠は被害者の証言です。当事務所にご相談に来られる方で、「証拠がない。被害者の証言だけで有罪になるのでしょうか」と尋ねる方がいます。
しかし、「この人に触られた」という被害者の証言こそが証拠なのです。これに対し、「被害者の一方的な証言だけで有罪にされるなんて」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。後で説明しますが、これは被害者証言の信用性の問題です。被害者の証言が信用できるとすれば、被害者の証言だけで有罪にできます。証拠裁判主義には反しないのです。
被害者の証言の他にどのような証拠があるでしょうか。目撃者の証言があります。痴漢行為を近くで目撃し、被疑者を駅員に突き出すということがよくあります。この場合、警察はその目撃者からも供述調書を作成し、証拠とします。この目撃者証言も、被害者証言と同様、信用性の問題があります。
痴漢事件における被害者証言の信用性
いくら被害者の証言があるからといって、その証言が信用性に乏しいものであれば有罪証拠としては、限りなく弱いものになります。それでは、被害者証言の信用性はどのように判定されるのでしょうか。
それは、二つの観点から検討されます。
そもそも痴漢には遭ってはいない
第一に、そもそも被害者が痴漢に遭ったということが、信用できるかどうか疑いがある場合です。
例えば、電車が揺れ、不可抗力的に男性の手が女性の臀部に当たってしまったという場合で、女性がこれを痴漢行為と勘違いして駅員を呼ぶケースがあります。この場合、被害者証言の中で、「両者がどのような体勢で痴漢事件が生じた」というのかがまず問題になります。電車が揺れたからと言って、被疑者の手の平が女性の臀部に触れるということはあまり想定できません。
被害に遭ったとされる女性が、被疑者とどのような位置関係にあったときに、どの方向から被疑者の手が伸び、その手は右手か左手か、手にはバッグ等を持っていたか、臀部に何秒、何分くらい触れたのか、何回触れたのかなどが厳しく吟味され、被害者証言の信用性が判断されます。
ここで注意が必要なのは、被疑者が不可抗力で触ったのか、それとも痴漢を意図して触ったかは、被害者自身が一番よく分かっているということです。触り方や触った部位、時間の長さなどから瞬時に痴漢かどうかがわかるはずです。
多くの否認事件では、「意図して触ったのではない。電車が揺れたので手がぶつかっただけだ」という弁解もありますが、おそらく被疑者は、意図的に触ったか、それとも不可抗力かは被疑者自身の内心の問題だから、たとえ痴漢をしたとしても、内心は誰にもわからず、「不可抗力」を主張すればそれが通って無罪放免になると考えることがあるでしょう。しかし、被害者はその痴漢被害にあった状況から、被疑者が痴漢意図か不可抗力かは分かるのです。
最初は、不可抗力かと思ったとしても、続けて触られれば、痴漢意図で触っているに違いないという確信を抱きます。そのような確信なくして被害を訴え出ません。安易に痴漢被害を訴えても事実と異なれば、被疑者とされた人は名誉を棄損され、出勤を妨害され、いらぬ疑いをかけられたことで逮捕勾留されかねないのであって、被害女性としても慎重であるし、裁判官や検察官もそのような慎重な判断の上で痴漢被害を訴えているとしてその信用性を認めるのです。
痴漢被害は間違いないが、人違いである
第二に、例えば、被害者が痴漢被害に遭ったのは間違いないが、人違いである可能性です。混雑した電車内では乗客が密着し、痴漢被害に遭ったとしても、自分の周囲の誰が被疑者であるかが必ずしも判然としません。
よく問題とされるのは、痴漢に遭っているその最中に被疑者の手を掴んだかどうかです。もし痴漢被害の最中に被疑者のその手を掴み、その手を辿って行って被疑者の顔を確認すれば、取違いの可能性はまずありません。
しかし、そうではなく、被疑者に痴漢行為をされているが、人が密集しており誰かがわからない状況で、臀部を触れていたから後ろにいた人が被疑者であろうと考え、その顔を認識し、電車停車後に「今、痴漢しましたね」などと声をかけて駅員を呼び、事件化する場合があります。この場合は、被疑者の取り違えの可能性があります。
このような場合に被疑者が事実を否認すると、目撃者や繊維鑑定結果などの補強する証拠がないと検察官は起訴できないでしょうし、起訴しても裁判で無罪判決の可能性が高いです。
痴漢の証拠となりうる繊維鑑定(微物検査)とDNA鑑定
他にも、着衣についた繊維痕の鑑定結果も重要証拠となります。警察は、検挙初動において最初に両手の微物を保全するために被疑者の両手にセロファンシートを貼り、両手に付着している繊維痕を収集します。それと被害者が触られたとするスカート等の着衣の繊維痕も収集し、その繊維痕の科学鑑定を行って同一性を吟味するのです。もし一致しているなら、「被疑者が被害者を触った」という有力証拠となります。ただ、同一しなかったからと言って無罪というわけではありません。触った状況如何では繊維痕が付着しないこともあるからです。
もっとも、無罪に傾く一事情にはなるが、あくまでも無罪の決定的証拠にはならないということです。さらに、DNA鑑定結果も場合によっては証拠となることがあります。被疑者の手の平と被害者の肌とが接触するとDNAが付着することもあるのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。痴漢事件は一対一の対立供述の証拠構造にあり、被疑者と被疑者のどちらの供述が信用できるかに尽きるのですが、その信用性を判断するために当時の被害状況や四周の状況、繊維痕などの客観的証拠との符号の有無、被疑者の同一性に関する事実関係、さらに、当事者が飲酒していたかどうか(飲酒していると当時の認識にも問題が生じ得ます)などが総合的に吟味されます。
もし、痴漢の冤罪に遭ったときには、起訴不起訴の見込み、裁判での有罪無罪の見込みなど、刑事事件に強い弁護士にご相談ください。
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