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偽計業務妨害罪とカンニング問題を解説

SNS等のネットコミュニケーションの普及は、ネットコミュニケーション自体が犯罪となる新類型犯罪の増加だけではなく、旧来型の犯罪にネットコミュニケーションが利用される態様の増加ももたらしました。

2022年1月に行われた大学入学共通テストで、世界史の問題が試験中に撮影されて外部に送られ家庭教師を紹介するサイトに登録している大学生に回答を依頼する不正が行われた疑いがあるという事件が発生しました。受験生とみられる人物は世界史以外の科目でも大学生に解答を依頼していたことがわかりました。

この受験生とみられる人物が大学生に送ったメッセージは、共通テスト対策の授業をしてほしいという内容でしたが、それに先立って(2022年)1月15日か16日の午前中から午後4時までの時間帯に体験授業をしてほしい、前にお世話になった先生があまり良くなくて、先に先生にテストという形で問題を解いていただいて大丈夫そうでしたら次回から指導をお願いしたい、などといった依頼してきたということです。警視庁は関係する人物の特定を進めるなど偽計業務妨害の疑いで捜査しています。

このようなカンニング行為に偽計業務妨害罪が成立するのでしょうか。また、回答を依頼した受験生だけでなく、回答を引き受けた大学生にも犯罪が成立するのでしょうか。以下、代表弁護士・中村勉が解説いたします。

偽計業務妨害罪はカンニング行為で成立するか

そもそも偽計業務妨害罪とは、業務妨害罪の一種で、虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の業務を妨害する行為を内容としている犯罪になります。刑法233条後段に規定されており、これに違反すると3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。

「偽計を用い」るとは、人を欺き・誘惑し、または他人の無知、錯誤を利用することをいいます。人への働きかけが必ず必要というわけでなく、適正な判断または業務の円滑な実施を誤らせるに足りる程度の手段・方法であることを要するとされています。今回のようなカンニングは、現実には他人の解答などを見ているにもかかわらず、何も見ていないというふうに装い、試験官を欺いている点で、「偽計」に該当するといえそうです。

「業務を妨害」しているといえるためには、現実に業務遂行が妨害されることは必要でなく、これらに対する妨害の結果を発生させるおそれのある行為があれば足りる(抽象的危険犯)と解されています(大判昭和11年5月7日集15-573)。
したがって、カンニング行為が試験会場で発覚せず、試験自体は通常どおり実施されたとしても、その場で発見した場合には、カンニング行為をした受験生を退出させたり、その会場の試験をそのまま実施すべきか検討するなどの緊急対応が必要となるでしょうし、場合によっては再試験の実施を余儀なくされるなどの妨害結果が生じる危険性が十分にあると考えられますので、本件は、「業務を妨害」しているといえそうです。
よって、今回の受験生のカンニング行為には、偽計業務妨害罪が成立するものと考えます。

回答者にも犯罪が成立するか

実行犯である受験生に偽計業務妨害罪が成立するとしたら、回答を引き受けた大学生にも犯罪が成立するでしょうか。大学生が受験生の共犯といえるかが問題となります。刑法上の共犯は、実行行為を分担しなくとも、共謀が成立し、一部の者の実行行為がある場合には成立します。これを共謀共同正犯と呼びます。なお、ここでいう「共謀」とは何かについては諸説ありますが、ひとまず相互に特定の犯罪を実現する意思の連絡と考えていただければと思います。

今回、回答を依頼された大学生の1人は、「当時は予備校の模擬テストか何かだと思っていて、まさか実際の会場で試験問題を撮影できるとは考えてもみませんでした」と述べているそうですが、これが本当だとすれば、大学生は、受験生と偽計業務妨害罪に該当する実行行為を実現するための意思の連絡は全くしていないことになりますので、共謀が成立しません。そのため、大学生に業務妨害罪の共謀共同正犯は成立しないと考えます。

ただし、これは、あくまで、大学生のこのコメントが信用できるのが前提になります。人の認識は目には見えないので、周囲の間接事実を積み上げて認定できる場合は、本人が否認していた場合でも共謀が成立すると認定されることがあり得ます。今回のケースでは、カンニング行為をした受験生と回答を依頼された大学生のメッセージの履歴が重要になります。大学生が受験生のカンニングの意図を知りつつ敢えて協力したと認められるようなメッセージが存在した場合、大学生のこのようなコメントは信用できないとされ、結果、大学生も共謀共同正犯として罪に問われる可能性があります。

今回、回答を依頼された大学生は複数名いるとされており、大学生が共謀共同正犯として罪に問われるかについては、1人1人の認識や受験生とのやり取りを個別に検討する必要があります。したがって、罪に問われる大学生もいれば問われない大学生もいる、といった結果になる可能性があります。

今後の影響

大学入試でのカンニング行為自体は目新しい問題ではありませんが、今回のケースはスマートフォンを利用し、そして、受験生がサイトに登録している家庭教師の大学生とメッセージのやり取りをするという現代的なサービスを悪用したという点で、非常に新しいカンニングの手口であるといえます。
何より、全く顔も知らない受験生からカンニングの片棒を担がされる可能性が生じたという点で、試験委員はもちろん、このようなサイトに登録している家庭教師の講師の方々も注意が必要になったということは、今後の大きな影響かと思われます。

先ほど述べたとおり、もちろん、カンニングの片棒を担がされたとはまさか思わなかったとの説明が信用されれば、回答者が共犯として処罰されることはありませんが、それが信用されなかった場合は罪に問われる可能性がありますから、少しでも怪しいと思った場合は受験生の質問には答えない、答えるとしても時期や時間帯に十分留意するといった対策を心掛け、疑いの目を向けられないように自分の身を守ることが必要となったといえるでしょう。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は今月発生した事件を題材に、カンニング行為に偽計業務妨罪が成立するかを検討しましたが、今後本当に受験生が、あるいは回答者が偽計業務妨害罪で起訴されるのか、起訴されたとして、偽計業務妨害罪の成立が刑事裁判で争われるのかはまだわかりません。本記事では、受験生には偽計業務妨害罪が成立し、回答者も認識次第では成立するとの構成をとりましたが、偽計業務妨害罪の中ではイレギュラーかつ目新しい類型ですので、実際の判断がどうなるのか、今後の動向に注目です。

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