事案
業務上横領罪の嫌疑が浮上した被告人方への捜索をするべく、警察は、被告人勤務先会社の従業員Aの関与する別件のモーターボート競走法違反の嫌疑に基づく捜索・差押許可状の発付を受け、被告人宅を捜索した際に、普通預金通帳3通の任意提出を受けて領置した。当該通帳等を証拠に、業務上横領につき有罪とした第一審判決に対して、被告人は、捜査の違法、証拠の排除、及び無罪等を主張し控訴した。
判旨(広島高裁昭56年判決)
モーターボート競走法違反被疑事件は、被告人に対する被疑事実の内容、被告人の関与の態様、程度、当時の捜査状況からみて、…特に被告人方だけを捜索する必要性が果たしてあったものか…疑問であるばかりでなく…領置していること、被告人は右被疑事件について逮捕、勾留されたが起訴されなかったことなどを併せ考えると、右被告人方の捜索は…本件業務上横領事件の証拠を発見するため、ことさら被告人方を捜索する必要性に乏しい別件の軽微なモーターボート競走法違反事件を利用して、捜索差押令状を得て右捜索をしたもので、違法の疑いが強い。
コメント
捜査の必要性に乏しい別件事件の証拠収集を口実にして、本件に関する証拠収集を目的として捜索・差押えを実施することを、別件捜索・差押えといい、憲法35条1項の令状主義を没却するものとして違法となります。本事件は、別件捜査の必要性、押収物と別件被疑事実との関連性、及び捜査機関の目的等を勘案して、被告人宅への捜索は別件捜索・差押えとして違法の疑いが強いとしました。なお、領置という態様はいまだ重大な違法とまではいえないとし、証拠の排除は認めませんでしたが、業務上横領罪の認定には合理的な疑いが残るとして、被告人を無罪としています。