
被害者にとって痴漢の被害は突然の出来事であって、その日一日だけではなく、その後の被害者の生活に取り返しがつかないダメージを与えることが多いです。その日は、大切な受験日であることも、入社試験であることも、友人の結婚式であることもあります。
痴漢事件を起こした人は、欲望に負けてそのような被害者の心情、環境、生活、苦境を意に介さずに事件を起こします。基本的に、被害者は許してくれないと思った方がいいです。加害者の中には、早く示談して逮捕を免れたい、職場にばれたくない、妻や子供にばれたくない、だから弁護士さん早く示談をまとめてくださいと、加害者本人の都合だけで弁護士に相談する方もいます。
一方で、弁護士を通じて被害者の痛手に思いが至ったとき、心から謝罪の気持ちを抱く人も現にいます。そのような方の弁護はしたいというのが当事務所の弁護士たちです。
そこで、この記事では、痴漢事件と示談について、被害者と示談するにはどうしたらよいか、逮捕されたら示談はできないのか、これからの流れはどうなっていくのか、示談金に相場があるのかなどについて弁護士・坂本一誠が解説いたします。
痴漢とは
痴漢とは、電車内や駅構内、商業施設、イベント会場などの公共の場で、他人の身体に触れるなどのわいせつな行為をする犯罪をいいます。
痴漢行為の内容や態様によって適用される法律は異なり、各都道府県の迷惑防止条例違反や不同意わいせつ罪に該当します。さらに、2023年の刑法改正により、指を挿入するなどの行為は不同意性交等罪としてより重く処罰されることもあります。
痴漢事件は被害者の尊厳を深く傷つける行為であると同時に、加害者側にとっても逮捕、勾留される重大なリスクを伴います。そのため、被害者の被害感情を和らげ、刑事処分を軽減するための「示談」が事件の行方を大きく左右します。
痴漢事件における示談の役割とは
痴漢事件における示談は、3つの意味で重要です。
不起訴処分を目指すため
痴漢事件において不起訴処分で終結するか否かは、被害者との示談成立の有無が最も重要だと言えるでしょう。
起訴か不起訴かを決める検察官は、被疑者が被害者に対する謝罪の気持ちや反省があるのか、被害者の許しを得ているか、被害者に対して慰謝の措置を講じているか等を確認して起訴か不起訴かの判断をします。
在宅事件や身体拘束中の事件を問わず、示談が成立した場合には不起訴処分になる可能性が高くなります。多くの痴漢事件では、被害者の意思を重要視しますので被害者との示談が成立していれば、不起訴処分となる可能性が高いです。
一方で、示談が成立していなければ、たとえ初犯であっても略式起訴により罰金が科される可能性があります。罰金が科されると、前科がつくことになります。そのため、痴漢事件では、不起訴処分を獲得するための示談交渉が極めて重要になります。
もっとも、起訴され裁判となってしまった場合でも、被害者との示談が成立していれば、判決内容が軽くなる可能性が高くなりますので、示談成立はなお刑事処分を軽くするために重要な手段であるといえます。
身柄解放のため
痴漢事件で逮捕されてしまった場合、48時間以内に警察が検察に被疑者を送致し、検察官が被疑者を勾留請求するか釈放するかを判断します。
検察官が勾留請求した場合、裁判官が24時間以内に勾留決定するか釈放するかを判断します。勾留が決定すると最長20日間身柄が拘束されることになります。このように、痴漢事件で逮捕されると場合によっては長期間身柄が拘束される可能性があります。
身柄拘束されている事件では、示談が成立した場合に、勾留請求が却下されたり、裁判所により決定された勾留期限を迎える前に釈放の判断をされることがあります。
示談交渉への早期着手や、示談の成立は、痴漢事件を解決するうえで重要であるだけではなく、身柄拘束という不利益をいかに早く解消するかという点にも重要な役割を果たします。
刑事事件と民事事件の一括解決のため
刑事と民事は異なります。刑事で罰金を払ったからといってそれで一切の紛争が解決したわけではありません。被害者は民事で訴えて損害賠償を請求できるのです。
この点、刑事事件になった時点で弁護士に依頼し、示談交渉によりいわゆる清算条項をつけた内容の示談を成立させることができれば、以後、民事でも訴えないことを被害者に約束していただくこともできるのです。
つまり、痴漢事件における示談は、専門家である弁護士に依頼することで痴漢に関する紛争を刑事・民事の両方で一括解決が期待できるのです。直接犯人と連絡を取りたくないと考える被害者の方からすれば、被疑者に弁護士がついた場合には、被疑者には自己の連絡先を伝えずに、弁護士にのみ自己の連絡先を教えることで示談交渉ができます。
そのため、警察や検察官も、被害者の方との連絡を取り次いでくれることが多いですし、被害者の方は弁護士限りで連絡先を教えてくれることも多いです。したがって、痴漢事案で被害者と示談交渉をするためには、事実上、弁護士が必須といえるでしょう。
早期に弁護士に依頼することで、事件解決に向けた活動を円滑に進めることができます。
痴漢事件における示談交渉の流れ
被害者の連絡先を入手する
示談交渉をするには、何よりもまず、被害者の連絡先がわからないと始まりません。
とはいえ、痴漢被害に遭った被害者の方は、通常、犯人に対して嫌悪感や怒りの感情を持っていますので、被疑者にまた会うことはもちろん、連絡先も教えたくないはずです。
そのため、被疑者本人がお願いしても、警察や検察官も、示談のためとはいえ、被害者の方との連絡は基本的に取り次いではくれません。したがって被疑者と被害者が直接会って示談交渉するということは基本的にありません。弁護士が被疑者の代理人として、被害者と示談交渉を行います。
流れとしてはまず、弁護を依頼された弁護士は警察または検察官に連絡し、示談交渉のため被害者の連絡先を伺いたい旨伝えます。そうすると、通常、警察または検察官は被害者に連絡し、被疑者の弁護士がそのように言っている旨伝え、被害者の連絡先を弁護士に教えてよいか尋ねます。
被害者がこれを承諾すると、警察または検察官を通して、被害者の連絡先が弁護士へと伝えられます。
示談交渉
弁護士が被害者の連絡先を入手したら、弁護士が被害者と連絡を取り、示談交渉が始まります。示談金は被害感情や被害内容、加害者の経済状況などを考慮して交渉されます。
示談書の作成
示談交渉によって被害者の合意が得られたら、その合意の内容を示談書という書面の形にし、被害者の署名押印をいただきます。
示談書には、被疑者が被害者に謝罪し、示談金を支払ったこと、被害者がその金額を受領したこと、被害届を取り下げる旨などを明記します。また、「被害者が被疑者を許す」という趣旨の宥恕文言(ゆうじょもんごん)や、民事上の紛争を防ぐため、お互いに今後請求しないことを確認する清算条項を設けることが一般的です。
そのほか、被害者の不安を軽減する目的で、「○○駅には近づかない」「被害者に接触しない」といった行動制限や接触禁止条項、違反時の違約金条項を盛り込むこともあります。
示談金の支払い
無事、被害者の署名押印をいただけたら、被害者に対して示談金を支払います。支払方法は、その場で手渡し、あるいは、銀行口座への振込みのどちらかになります。
銀行口座への振込みの場合も、被疑者の口座から直接支払われるのではなく、弁護士事務所の預り金口座からの振込みになることが多いです。
被害者との間で示談書を交わしたら、弁護士は示談成立の証拠として、示談書の写しを警察や検察官に提出します。その後、検察官に不起訴処分をするように求めたり、少しでも軽い処分にするよう求めたりします。
痴漢の示談金の相場
示談交渉では、示談金も重要となります。示談金は痴漢ではこの額という決まった額があるわけではなく、様々な要素によって決まります。そのため、相場もあるようでないものです。
被疑者の経済力や、民事訴訟となった場合に裁判所から認められるであろう損害賠償額、罰金刑となった場合に科されるであろう罰金額、被害者の希望や感情等を踏まえ、示談金を決めることも多くあります。
不同意わいせつにあたるような行為の場合には、高額な金額になることもあります。もちろん、示談金は事案の内容や被害感情は事案によって異なりますから、変動するものです。
そのため、一概にこの場合であればこの金額、と当てはめて考えられるものではなく、事件ひとつひとつの金額を弁護士に相談する必要があります。
痴漢の示談金が高額になるケース
被害者が未成年の場合
被害者が未成年の場合には、法定代理人親権者である被害者のご両親と示談交渉をすることになります。
子どもが被害にあった場合のご両親の被害感情は非常に強いことが多く、成人の事案に比べて一般的な相場程度の金額では示談がまとまらないことが多いです。被害者の今後の健全な成長に対する悪影響が懸念されるケースもありますので、示談金が高額になりやすいケースです。
痴漢行為の態様が悪質な場合
陰部に手指を挿入するといった悪質な態様の痴漢行為の場合には、不同意性交等罪が成立する可能性があります。法定刑の下限が拘禁5年であり、原則として執行猶予がつかない重い犯罪ですから、その分示談金も高額になることが一般的です。
不当に高い示談金を要求されたら
示談交渉は民事裁判ではありませんから、金額が客観的に定まるわけではありません。
これまでの示談の集積によって一定の相場が形成されているとはいえ、それぞれの事案によって相場から外れた金額により示談が成立することは珍しくありません。近年の性犯罪に対する非難の高まりから、示談金の金額は増加傾向にあるといえます。
それでも、相場から著しく高額な示談金を求められた場合には、現実的に支払いの可能な範囲で代替案を提示し、真摯に説明を尽くすことが必要です。事案によっては、示談の成立を諦め、弁済供託等の代替手段の検討も必要です。
匿名で示談書を作成することはできるのか
「自分の氏名を被害者に知られたくない」という理由で、匿名で示談書を作成することはできるのでしょうか。結論を言うと、被害者がそれでもよいと言ってくれるのであれば、示談書を匿名で作成することは理論的に可能です。
しかし、加害者側が自己の氏名を隠そうとするのは一般的に印象が悪く、示談交渉に悪影響を及ぼしかねません。また、仮に被害者の了承が得られたとしても、匿名では当事者の特定が不十分となり、示談成立の証拠としての価値は低いものとなってしまいます。
捜査の過程で捜査機関が被害者に対して被疑者の氏名を伝えることはよくありますし、被害者が捜査機関に問い合わせることによって、被疑者の氏名が明らかとなる可能性もあるので、被害者に氏名を知らさず示談を締結しようとすることの利点はほとんどないといえます。
示談交渉がすすまない場合にはどうすればいいのか?
痴漢事件においては示談の成立が非常に重要となってきますが、被害者が示談を拒絶し、示談交渉がうまくいかず成立に至らない場合もあります。
このような場合には、事件が進んだ段階で、再度示談交渉の申し入れをしたり、謝罪文を受け取っていただける場合であれば弁護士を通じて謝罪文を渡してもらうことが考えられます。
謝罪文を交付することで、被害者に謝罪の気持ちが伝えることができ、示談について、前向きに検討していただけるケースもあります。また、謝罪文を書くことで、自身の反省を深めることもできます。
もし被害者の怒りが収まらず、受領いただけない場合でも、謝罪文を弁護士が作成する意見書などに添付することで、検察官や裁判官に反省の態度を示すことができます。
被害者が示談を拒絶している場合には、無理に交渉を進めることはできません。この場合は、刑事事件の手続きが進んだ段階、たとえば警察官による捜査段階で示談を断られた場合には、検察官に記録が送致された段階などで再度示談交渉を申し入れることも考えられます。
それでも、示談がどうしても成立しない場合には、贖罪寄付を行うことが考えられます。贖罪寄付とは、被疑者の反省の気持ちなどを示すために、弁護士会などの任意の団体に対して行う寄付のことをいいます。
贖罪寄付をすれば、反省の証として、処分を軽くする方向へと検察官の処分に影響を与えます。もっとも、まずは示談交渉を優先すべきといえます。
痴漢の示談交渉を弁護士に依頼する必要性
痴漢事件などの性犯罪において、警察官が被害者の連絡先を直接加害者に教えてくれることは基本的にありませんので、弁護士が被疑者・被告人の代理人として対応します。そのため、示談交渉は専門家である弁護士に依頼することが必要となります。
そして、示談交渉において被害者の合意を得ることができた場合には、弁護士が示談書を作成します。後々紛争が蒸し返されるなどのトラブルを防ぐためにも適切な示談書を作成する必要があります。
その後、弁護士は、示談書を警察や検察に提出し、不起訴処分にするよう求めたりします。また、被害者への謝罪文を作成したり、反省文を検事に提出することも考えられます。
冤罪の場合の示談交渉
やってもいないのに被害者から痴漢だと疑われているような痴漢冤罪事件の場合であっても、示談は事件を解決するための一つの手段であるといえます。
痴漢行為などしておらず、裁判で無罪となる可能性があったとしても、否認事件であるため裁判をするとなると多大な時間と多額の費用がかかります。さらには、長期の身柄拘束などによる精神的な負担もかなり大きいものとなります。
そのため、できるだけ早く刑事事件を終了させたいとの思いから、被害者と示談を行い、不起訴処分を目指すことも考えられます。
もっとも、被害者は被疑者・被告人が痴漢をした犯人だと考えていますので、示談交渉すら拒否されることもあります。このように、否認事件の示談は、認めている事件よりも格段に複雑かつ難しいため、経験豊富な弁護士に依頼することが必要となります。
否認事件の場合には、まず弁護士にご相談ください。
痴漢事件で示談が成立した事例
中村国際刑事法律事務所の弁護士が示談交渉を行った結果、示談が成立した事例をご紹介します。
痴漢事件の示談についてよくある質問
痴漢で逮捕されたら示談はいつまでにすればいいですか?
逮捕直後から勾留中、起訴前までが最も重要な期間です。検察官が起訴・不起訴を判断する前に示談が成立していれば、不起訴処分となる可能性が高まります。
そのため、逮捕された段階からできるだけ早く弁護士に依頼し、示談交渉に着手することが非常に重要です。
痴漢で示談が成立すれば、必ず不起訴になりますか?
示談成立は不起訴になるための重要な要素ですが、必ずしも不起訴になるとは限りません。
ただし、性犯罪の事案における起訴・不起訴の判断にあたり被害者の処罰感情の程度は非常に重要です。被害者が納得した上で、被疑者の刑事処罰を望まない旨が記載された示談が成立した場合、不起訴になるケースが殆どです。
痴漢で示談が成立したことは職場や家族に知られますか?
示談交渉や示談書の内容は、弁護士・被疑者・被害者の間でのみ共有され、外部に漏れることは基本的にありません。また、示談が成立して不起訴処分となれば、前科もつかず、職場や家族に知られる可能性は大幅に低くなります。
痴漢の被害者が未成年だった場合、示談はどう進みますか?
痴漢の被害者が未成年の場合、示談交渉は本人ではなく、原則として保護者(親権者)と行うことになります。
未成年者の法律行為は、法定代理人の同意がない限り、民法上事後的に取り消すことができてしまいます。ですから、保護者との示談が必要なのです。
また、未成年者が被害者の痴漢事件は、社会的影響が大きく、検察官も慎重に判断する傾向にあります。そのため、弁護士を通じて誠実に謝罪の意思を伝え、適切な金額・内容で示談を成立させることが極めて重要です。
示談が成立すれば、不起訴の可能性が高まりますが、行為の悪質性が強い場合は起訴されることもあります。早期に刑事弁護経験のある弁護士に依頼しましょう。
まとめ
中村国際刑事法律事務所では、痴漢事件の示談交渉に多くの実績を有している弁護士が示談交渉に当たります。受任後すぐに警察や検察官と連絡をとって痴漢の被害者の連絡先を入手し、迅速に示談交渉に着手します。
交渉に当たっては、何よりも被害者心情に配慮します。
痴漢事件における被害者は、被害に遭ったことで精神的・肉体的に傷ついています。中には、痴漢を恐れて電車に乗れなくなってしまった方もいらっしゃいます。
そのような被害者の方々と接した際、いきなり示談金の話を切り出したり、強引に示談に持ちこもうとすることはかえって逆効果です。被害者心情に配慮したソフトな示談交渉は、中村国際刑事法律事務所の得意とするところです。
家族が痴漢で逮捕された方や、痴漢事件で警察から呼び出しを受けている方、すでに検察庁で示談をした方がいいと言われるなど、痴漢事件の示談でお悩みの方は、ぜひご相談ください。