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性犯罪刑法改正について弁護士が解説

今回は「同意なき性行為」のこれまでの法改正、現在の運用とその批判、そして、今後の法改正の動きについて代表弁護士・中村勉解説します。

同意なき性行為が犯罪化か、性犯罪刑法改正を弁護士が解説

皆さんは、「同意なき性行為」と聞くと、どのようなイメージがわきますか。
「強制性交」という言葉が浮かんだ方、「強姦」という言葉が浮かんだ方、あるいはもっと漠然と、「犯罪」「重罪」という言葉が浮かんだ方など、様々な方がいらっしゃると思います。
2017年6月の法改正により、「強姦罪」という犯罪が「強制性交等罪」という罪名に変わったことは、大きなニュースになりましたので、ご存知の方も多いかもしれません。ただ、具体的にどこがどう変わったのか、逆にどこが変わらなかったのか、今後も改正の動きがあるのかなど、詳しい点についてはあまりご存知でない方も多いと思います。

※本記事は、2021年9月15日公開時点の情報です。最新の記事はこちらをご覧ください。

「強姦罪」から「強制性交等罪」へ

まず、条文を比較してみましょう。

刑法旧177条(強姦罪)
暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
刑法177条(強制性交等罪)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

下線を付けた部分に注目して頂けますとわかりやすいのですが、ポイントは下記の通りです。

  1. 「女子」という限定がなくなり、被害者が男性でも成立するようになった。
  2. 従来強制わいせつとされていた性交類似行為としての肛門性交、口腔性交も本罪の処罰の対象となった。
  3. 「三年以上」が「五年以上」に引き上げられた。
  4. 強姦罪は被害者の告訴がなければ検察官の起訴が許されない親告罪だったのに対し、強制性交等罪は、告訴がなくとも検察官の起訴が許される非親告罪となった。

改正されなかった要件

処罰範囲が拡張され、法定刑も引き上げられた強制性交等罪ですが、一方で、重要な部分が変わっていないとの指摘もされています。それは、「暴行又は脅迫」を成立要件とする点です。ここでいう「暴行又は脅迫」とは、判例上、相手方の反抗を著しく困難ならしめる程度のものであることが要求されます(最判昭和24年5月10日刑集3巻6号711頁)。

同じように、「暴行又は脅迫」を要件とする犯罪として、強盗罪(刑法236条1項)がありますが、強盗罪における「暴行又は脅迫」は、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものであることを要し、より強い「暴行又は脅迫」が必要となります。ここでいう「暴行」は、わいせつ行為それ自体も当たり得ます。例えば、指を陰部に挿入する行為(大判大正7年8月20日刑録24輯1203頁)、意思に反してキスする行為(東京高判昭和32年1月22日高集10巻1号10頁)などは、暴行が同時にわいせつ行為に当たる例とされています。

また、強制性交等罪の類型として、準強制性交等罪という犯罪がありますが、こちらは「心神喪失」又は「抗拒不能」を要件としています。「心神喪失」とは、精神の障害により性行為についての正常な判断力を喪失している状態を、「抗拒不能」とは、心神喪失以外において心理的又は物理的に抵抗することが不可能又は極めて困難な状態をいいます。この要件も、従前の「準強姦罪」の時から変わっていません。

刑法178条2項(準強制性交等罪)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条(強制性交等罪)の例による。

疑問視される無罪判決

2021年3月、福岡地裁久留米支部、静岡地裁浜松支部、静岡地裁、名古屋地裁岡崎支部で、無罪判決が相次ぎ、こうした要件を疑問視する声が広がっています。

福岡地方裁判所久留米支部は、女性が飲食店で深酔いして抵抗できない状況にある中、性的暴行をし、準強姦罪に問われた福岡市内の会社役員男性に対し、「女性はテキーラなどを数回一気飲みさせられ、嘔吐しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定したが、女性が目を開けたり、何度か声を出したりしたことから、「女性が許容している、と被告人が誤認してしまうような状況にあった」「女性が拒否できない状態であったことは認められるが、被告人がそのことを認識していたと認められない」として、無罪を言い渡しました。

3月19日、静岡地方裁判所浜松支部は、女性に対する強制性交等致傷罪に問われたメキシコ人男性に対し、被告人の暴行が被害者の反応を著しく困難にする程度であったことは認めましたが、被害者が「頭が真っ白になった」などと供述したことから、女性が抵抗できなかったのは精神的な理由によると認定し、「被告人からみて明らかにそれとわかる形での抵抗はなかった」として、無罪を言い渡しました。
3月28日、静岡地方裁判所は、12歳長女に対する約2年間にわたる、週3回の頻度で性行為を強要されていたと検察側が主張し、強姦罪などで起訴された男性について、長女が児童相談所職員に毎週金曜日に性交されていると証言していたが、証人尋問では金曜日じゃなくなったなどと証言し、被害の頻度や曜日について供述が変遷しているので、検察官の主張は採用できず、「唯一の直接証拠である被害者の証言は信用できない」として、無罪を言い渡しました。
そして、時系列が前後しますが、3月26日の名古屋地裁岡崎支部での無罪判決は、特に大きな波紋が広がりましたので、以下、詳しく取り上げます。この事件は、父親が、当時19歳だった実の娘と、勤務先やホテルで、性行為をしたことについて、準強制性交等罪の成立が争われたものです。

裁判所は、被害者が、小学生の頃から殴る・蹴るなどの暴行を受けていたこと、中学2年生の頃から、性行為を強いられるようになったこと、高校卒業後は、その頻度が増加していたことといった、事件に至るまでの経緯を認定し、そして、「被害者は、本件各性交を含め、被告人との性交に同意したことはなく、被告人から性交を求められることについて、気持ち悪い、嫌だなどという心情を抱いていた」として、被害者が性交に同意していなかったことを認定しました。

しかし、被害者が「抗拒不能」の状態であったか否かについて、裁判所は下記のように認定しました。
「本件暴行以前の性的虐待の際にも、被害者が被告人からのひどい暴行を恐れて性交を拒むことができなかったとは認められない。」
「また、被害者が執拗に性交しようと試みる被告人の行為に抵抗した結果受けた本件暴行は、被害者のふくらはぎ付近に大きなあざを生じるなど、相応の強度をもって行われたものであったものの、この行為をもって、その後も実の父親との性交という通常耐え難い行為を受忍し続けざるを得ないほど極度の恐怖心を抱かせるような強度の暴行であったとはいい難い。」
「加えて、被害者は……入学金や授業料として多額の費用を被告人に負担させたりしていること、被告人から家事の手伝い等をするよう求められ……ていたものの、十分にはこれを行っていなかったこと、被害者には本件当時月8万円前後のアルバイト収入があり、被告人からの性的虐待から逃れるため、家を出て一人暮らしをすることも検討していたことなどを考え合わせると、日常生活全般において、被害者が監護権者である被告人の意向に逆らうことが全くできない状態であったとまでは認め難い。」
「これらのことを総合すると、被告人は、被害者の実父としての立場に加えて、被害者に対して行ってきた長年にわたる性的虐待等により、被害者を精神的な支配下に置いていたといえるものの、その程度についてみると、被告人が被害者の人格を完全に支配し、被害者が被告人に服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとまでは認め難い。」

結局、「抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残るというべきである」と判示して、無罪判決を言い渡しました。

さらなる法改正の動き

こうした無罪判決については、 司法の専門家の立場からは、このような結論自体は、従前の判例には反しないし、合理的疑いを容れない程度に検察官が立証しなければ有罪とできないという無罪推定原則からは妥当な判決であると考えられる一方で、一般人の正義感からは疑問が呈され、性暴力の実態をわかっていない、こうした無罪判決が出されてしまうと、「声をあげても無駄だ」という無力感を被害者に与え、泣き寝入りしてしまう被害者が増加するとの批判が広がりました。

2019年4月11日には、著名人らが、被害者に寄り添い声を上げるため、その象徴として花を持ち寄り集まろうと呼びかけ、東京駅にてデモが開催されました。この日をきっかけとして、日本の各地において、花を持ち寄るデモが開催されるようになり、後にこの運動は「フラワーデモ」と名付けられました。この運動は、2021年現在も、日本各地で行われています。

実際国外に目を移すと、イギリス、カナダ、ドイツ、スウェーデンなどの諸外国では同意がないことだけで犯罪する成立し得る運用がなされています。なおドイツは2016年、スウェーデンは2018年に法改正がなされています。

2019年5月13日、性暴力被害の当事者団体「スプリング」は、法務省に対し、刑法改正を求める要望書を提出しました。代表の山本潤氏は、「抵抗できたようにみえる状況でも抵抗できない場合がある」と訴えています。そこで、法務省に対し、心理学的・精神医学の知見等についての調査研究データを反映したうえで、より実態に即した暴行脅迫要件の撤廃を含めた見直し、不同意性交等罪の新設、地位関係性を利用した性犯罪規定の創設等を要望しました。
また、同日、「スプリング」は最高裁に対しても要望書を提出しました。具体的には、被害者の心理等に関連する心理学的・精神医学的知見を踏まえた研修を全裁判官に実施し、研修では、ジェンダー・バイアスの価値観を払拭し、性犯罪への理解を深められるよう、ロールプレイなども含めたトレーニングを実施することなどを要望しました。

一方政府は、改正刑法が施行された後、3年を目途として、性犯罪にかかる事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとすると定めていたことから(附則9条)、2020年より、法務省において「性犯罪に関する刑事法検討会」において、議論をスタートさせました。

そして、2021年9月10日、法務大臣は、前述の検討会が作成した報告書等を基に、性暴力被害の実態に応じた法制度の見直しを同月16日に行われる法制審議会の総会で諮問する方針を明らかにしました。そこでは、前述の強制性交等罪「暴行や脅迫を加える」や準強制性交等罪の「心神喪失や抗拒不能に乗じる」といった構成要件等が議論される見通しになっており、前述の市民運動等も踏まえ、同意がないことだけで犯罪成立を認めるという運用に転換されるのか注目が集まっています。

さらなる法改正の問題点

一方で、同意がないことだけで犯罪の成立を認めると、次のような問題点が生じると言われています。
まず、冤罪が生じるおそれが大きくなることです。性行為時、本当は同意があったのにかかわらず、後に相手との関係が悪くなり、「性行為時に同意はなかった」とうその被害を訴える人も残念ながらいます。こういったケースについて、現行法の要件では冤罪を効果的に抑止できるにもかかわらず、法改正がなされると、抑止できなくなってくるおそれがあります。

次に、犯罪の立証がかえって難しくなるおそれがあることです。現行法では、「暴行又は脅迫」「抗拒不能」といった要件があるために、これを立証すれば、同意がなかったことを立証できることいった、比較的わかりやすい構造になっています。

しかし、「同意がなかったこと」だけが要件になると、「暴行又は脅迫」「抗拒不能」といった要件に代わって、今度は、誰から見ても同意がなかったと評価できる事情が必要となり、立証が困難になるおそれがあります。だからといって、そのような客観的事情がなくとも、検察側の「被害者の同意なく性交した」という主張と、「被害者の合意がなかったという供述」だけで立証十分ということになると、実質的には被告人・弁護人に立証責任が転換されることを意味し、憲法上の問題が生じ得ます。

まとめ

いかがでしたでしょうか。近年改正されたばかりの強制性交等罪ですが、まだまだ検討の余地があり、早ければ再度改正されるかもしれないというのは、驚きです。
とはいえ、「暴行又は脅迫」「抗拒不能」といった要件を撤廃するとすれば、2017年6月の改正を超える、条文の抜本的改革といっても過言ではない極めて大きな影響を与えることになりますから、慎重な議論が必要になるでしょう。
さらなる法改正については、様々な意見が飛び交っており、見解の対立が見られますのが現状です。ただ、性犯罪の撲滅に向けてベストを尽そうと考えているのは、賛成派も反対派も同じだと思います。自分と考えが異なる人を攻撃するのではなく、様々な見解をひとまず聴き、そのうえで何がベストなのかを考えることが大切です。

※本記事は、2021年9月15日公開時点の情報です。最新の記事はこちらをご覧ください。

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